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2009年10月26日の日経朝刊に

日経の企業欄に「経営の視点」と言う記事が載っていた。
「規模の追求、幻想にすぎず」らしい。

その中で、A・T・カーニーの後藤治パートナーが「規模の追求が利益をもたらすというのは幻想に過ぎない」と書いている。

勿論、それはその通りなのが、その裏にある考え方まで聞きたいところではある。

結局、小売店の基本は、より良い商品を消費者の手元に届ける、ここに最大の付加価値があるわけで、当然、コストの観点は重要だが、単純にコストだけでもないよね、と言う論調だ。

成熟した日本と言う環境の中で、今後の様々な業界がどう移り変わっていくのか、楽しみ、と言うよりもちょっと怖いかもしれないな。

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黒スグリ

先日、友人と「黒スグリ」について話した。
「黒スグリ」ってなんだっけ?そんなもん知らねーよ、的な話だ。

その時、私は「え?ブラックベリーの事でしょ?」と今にして思えば明らかに間違っている回答をしたので、wiki先生に聞いてみた。

黒スグリ:カシスの事。
ブラックベリー:ブラックベリーはブラックベリー。

カシス(フランス語、日本語では黒スグリ。学術分類上は「ユキノシタ科スグリ属フサスグリ亜種」。)は、カシスソーダや、カシスオレンジなど、角輝に使われるリキュール、Creme de Cassis(クレーム・ド・カシス)で有名だ。カシスも生で食べるものかと思っていたが、ベリー系のものとは違い、苦味があるため、生で食べるのには適さないようだ。だから、リキュールやジャムなどが主流。
ブルーベリーで有名になったポリフェノールの一種「アントシアニン」が豊富に含まれており、目にも良いという。

Googleで検索して初めて知ったのだが、日本カシス協会というものがあり、そこでも情報提供されている。HPを訪れるとゆるキャラ「カシスン」が迎えてくれる。(ベリーじゃないと言っているのに、「王族 ベリー家の王」と言う設定はどうかと思うが、、、)

カシスそのものについて知るのであれば、正しいかどうかは分からない物の、wikiの方が充実している。

ブラックベリーの方は、たまにケーキ類にのっているが、そのものを楽しむ、と言うよりも飾りとしての意味付けの方が大きいように思う。

いずれにしても、知識は正確に覚えたいものだ、と改めて思った。

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才能

人間だれしも、ひとつぐらい「他の人には負けない才能がある」と考えてみる。たとえば、足が速い、とか、歌がうまい、とか。
その程度だと、「人間だれしも」ではなくなってしまうので、きっともっと細かく分けられるのだろう。たとえば、「距離3.5mからゴミを投げてゴミ箱に入れる才能」とか、「スーパーで買った食材から常に80点の味の生姜焼きをつくる才能」とか。

マルコム・グラッドウェルによると、才能の開花は環境が大きく影響する。この考え方は、人間だれしも鍛えれば平均を大きく凌駕した能力を示すことが可能な才能が幾つかはある、ということを期待した考え方だ。そして、その才能と言うのは、正しく鍛えれば必ず世の中の役に立つ、と言う事が暗黙の前提になっているだろう。

いずれにしても、その才能が何かを見極めなければ使い物にならない、という悲しい現実が待っている。
「才能とは天に与えられるもので、ほっといても具現化する」と言う考え方も無いわけではないが、その考え方の問題点は、人間の努力を失わせる点だ。つまり、「俺には才能はないからやってもしょうがない」とはなからチャレンジしなくなる。もしかすると、チャレンジしたら物凄い才能が開花するのに、だ。
一方で、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」と才能のない分野にチャレンジし続けて無駄な人生を過ごした人もいるだろう。大きな目で見れば、真の意味での「ムダ」ではないのかもしれないが、少なくとももっと自分が生きる分野の能力を伸ばさなかった、と言う点では時間を無駄にした、と言えるかもしれない。

結局、今「他者には負けない才能」を持っていない身としては、どんな前提を置こうとも、今ないものはない。だとすれば、ほっといても具現化する、と考えるより、自分で切り開くものである、と考えた方が精神衛生上良いに決まっている。

才能の開花とは、「雨が降るまで雨乞いをする」と言う理論に似ているが、要するに雨が降ればいいのだ。

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意思決定とは何か?

多分、多くのビジネス書で取り上げられ、多くの場合「捨てることだ」と言う結論になっている「意思決定」。
意思決定とは、何かを決めることであるが、難しいことになかなか決められない。だから、ビジネス書で多く取り上げられるのだろうと思う。

「意思決定」と「戦略」とは、かなり近い概念のような気がする。どちらも、「やることを決め、やらないことを決める」のだ。意思決定と言う日本語が持つ意味はもう少し広いはずだが、通常ビジネスで意思決定、と言うとGo/No Goがメインであり、その場合もどの戦略を選択するか、と言うことが多い。

一方で、判断と意思決定は違う、ともたまに言われる話だ。わかっていることに対して何かを「決める」必要はない。論理的に常識的に考えると普通こうだよね、と言うような事を「意思決定」とは呼ばないのだ。たとえば、商品AとBがあったとする。AとBは全く同じ条件の商品で価格だけが違いAの方が安い、と言う事が分かっているとする。その場合は意思決定などせずともどちらかを購入しなければならない場合、Aを購入する。なぜ意思決定を必要としないかと言うと、どちらが適しているかが分かっているからだ。

意思決定が本当に必要なのは「わからないとき」である。
例えば、将来市場が拡大するかどうか良く分からない。そのとき、投資申請に対して、Goか、No Goか。逆に、将来市場が拡大することが分かっていて、キャッシュも潤沢にあり、他に投資先がない場合、意思決定の必要はないのだ。明らかにGoだ。

と言うわけで、多くのビジネスパーソンが困っているという、私も日々困り続けているという「意思決定力」の話。もうギリギリになってしまったので、席数がどの程度あるか、実はないのかも良く分からないのだが。

■■■家弓正彦の仕事塾「意思決定力」■■■
昨今、「ポータブルスキル」と呼ばれる「どんな業種でも、どんな職種であっても、ビジネスパーソンとして基本的に必要とされるスキル」の必要性が注目されています。今まで同様、本講座でも様々なビジネスパーソンに必要な汎用的なスキルをご提供していきます。

家弓正彦の仕事塾シリーズ第9回目は「意思決定力」をテーマに致します。意思決定力と聞くと、経営トップの能力と受け取る方もいらっしゃるかもしれませんが、どんな方でも1つ1つの意思決定をされていて、その意思決定がその後の成否を左右していると思います。

家弓正彦が20年間のコンサルタント歴から培った経験をノウハウ化してお伝えしますので、本講座を受けて、意思決定力を磨き、皆様のビジネスの成功率をあげていただきたいと思います。

http://www.cyber-synapse.com/mkay/091027/?pl=510

日時
10月27日(火) 19時~20時30分
or
11月17日(火) 19時~20時30分

料金
2,000円(税込み)

※本講座は全1回講座です。両日とも同一の内容です。
 ご都合のよい日程をお申込みください

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あの素晴らしい曲をもう一度

加藤和彦氏が亡くなった。軽井沢のホテルでの事らしい。
そのニュースをネットで見た時、「花のかおり」が頭の中を流れた。イメージの想起とはどうやらそういうものらしい。

加藤和彦と言えば、世代によってはザ・フォーククルセダーズだろうし、サディスティックミカバンドだろう。作曲家として、さまざまな人に楽曲を提供している事でも有名だ。

約40年前、学生時代に結成したザ・フォーククルセダーズで一世を風靡し、その後様々な名曲を生み出した。

ある意味で、才能が生み出す作品は確率論だ。私のような凡人は、本当に良いかどうかを評価できるべくもなく、あるのは、「自分が好きか」と言う評価軸だけだ。その観点で言うと、私が望む作品が出会える局数はは、
[(1)才能が作品を生み出す数]×[(2)世に出る確率]×[(3)私が好きな確率]
と分解できる。このうち、過去の経験や、彼の地位から、(1)、(2)ともに大きいはずだ。また、今までの曲調から考えると、どうやら(3)は高いようなのだ。

亡くなった理由はともかく、彼の才能によって生み出された曲が、俺の心に響いたことも何度もある。人はいつか亡くなるし、新しい才能も出てくる、と言う事も分かる。わかるが、今後、「加藤和彦」の曲が出てこなくなる、と言う事に一抹のさみしさを感じる。
それは、不謹慎と言われるかもしれないが、私が素晴らしい曲に出会える確率が減った、と言う事から来ているのだろうと思う。

ご冥福をお祈りします。

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挫けてからかなり経つ

挫けた話、正確に言えば、くじいた話はすでに述べた

実は、まだ治っていない。トンカツを食べたにも関わらず、だ。

未だにひねると痛いし、少し腫れてもいる。
まぁ、かといって、日常生活に支障があるわけではないのだが。

骨にひびが入っている、とかと言うことではないとも思うので、ほっとくしかないのだろうが、しかしながら、痛いものは痛い。困ったものだ。

こういう怪我はやはり長期化するものなのだろうか。悩ましい。

これでは、岡田ジャパンに呼ばれないじゃないか。

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雨宿り

夕方、ラーメンを食べようと外に出て、その帰り道の話。

ちょうど、ラーメンを食べる前に取引先から電話があり、近くだったので、「ラーメンを食べた後行く」と言う話をしており、お腹もいっぱいになったし、先方によって資料だけ預かってくる、と言うつもりで。

今日は、朝から雨が降るんだか降らないんだか、と落ち着かない天気だったのが、急に雨が降り始めて、まぁ近いからいいか、と思ったら、ザーっときた。

勿論、傘は持っていない。持っていたものと言えば、ラーメンを待つ間読もうと思って持っていった分厚いビジネス書だけ。

しょうがないので、近くのホテルの軒先で雨がやむのを待つことにした。どうせ夕立だ、バケツをひっくり返したように降ってきたから、ひっくり返ったらそれで終わるはずだ。

考えてみれば、こうやって何もせず雨宿りをすることって、しばらくなかった気がする。雨が降ってきたら、走って移動してしまうか、コンビニで傘を買うか。あるいは、コーヒー屋でコーヒーを飲んでいることもある。が、ただ、雨がやむのを待つ、と言うのは近年珍しい行動だ。
とはいいながら、なかなかやまないのもどうしたものか、と思ってしまうのも困ったものだ。

♪気がついたらあなたの腕に雨宿り

まぁ、そうはいかんよな。仕方がない、濡れていこう。

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価値観

人は価値観が違う。当たり前の話だが。

コンサルタントと言う職業は、付加価値をつけてナンボのもんじゃい、である。いわゆる「事業会社」と呼ぶような、メーカーや一般的なサービス業、小売業は、付加価値をつけやすい。もちろん、内部にいる社員は頑張る必要があるが、結局生み出したものや商行為そのものが付加価値が付いている、と考えられるからだ。
一方で、受注生産は若干趣が異なる。受注生産だと、基本的に、「お客様のために作る」ので、担当したものが付加価値を大きく左右するのである。

それでも、たとえばオーダーメイドの服や、あるいはシステムインテグレーションなどは、「納品物」そのものが価値の分かりやすいものなのでまだ良い。コンサルティングは納品物と言ってもせいぜい何十ページかのパワーポイントである。しかも、場合によっては「そんなもの俺でも書けるよ」と言われそうなものまである。

コンサルティングの難しいところは、自分の顧客が自分より優秀であるケースが多く、その中で、その相手に対して「付加価値のある提言」をしなければならないところだ。

この「価値」については、非常に個人差によるばらつきが大きい。些細なことに価値を感じる人がいれば、よほどのものを作らなければ価値を感じないケースもある。
一方で「事前期待値」と言うものもある。これは、「こいつだったらこれぐらいやってくれるだろう」「こいつは優秀だろう」と良くは分からないが、どうやら推測では優秀だ、と断定するやつだ。

私自身、なぜだかわからないが、この事前期待値が自分が思っているより周囲の評価が高いケースがある。場合によっては、今までの付き合いの中で付加価値を感じている方もいるのかもしれないが、いやいやそんなわけないだろう、と俺の心が告げるわけだ。

先日、ある人材系の仕事をしているかたと話をした時の事だ。「メッキもまたよし。はがれる前に中をうまく作ってしまえば良い」のだそうだ。
俺自身、いつまでたっても、メッキはメッキと思うのだが、ただ、それをとてつもなく分厚くする努力をするしかないのかもしれない。

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うれしい!たのしい!大好き!

勿論、ご存じDREAMS COME TRUEの曲の話。ドリカムはもともとそれほど好きでもなかったのだが、良く良く聞くと随分と良い曲だと思う。
ドリカムがあまり好きではなかったのはたぶん、曲調と吉田美和の歌い方による部分が大きい。歌詞は好みへの影響が凄く少ないため、ほとんどが曲に影響されるのだろうが。

どういう経緯なのかは分からないが、全体的にポップな曲調の中に「The hustle」が流れている。The hustleとは、1970-80年代のDISCOブーム時代に流行ったVan McCoyと言う人のDISCO曲だ。最近では、サントリープロテインウォーターのCMで使われている。中村獅童と松田翔太がポーズを取っているときの「細マッチョ!」の掛け声は原曲では「Do the hustle!」である。
ちなみに、うれしいたのしい大好き、では、バックで流れているこのリズムが曲全体にポップな感じを加えている様に思う。

この曲は1989年「うれしはずかし朝帰り」のカップリングとしてリリース。今30代ぐらいの人たちの青春の一ページを飾った曲だろうと思う。歌詞は「♪やっぱりそうだ 巡りあえたんだ ずっと探してた人に~」と言う幸せいっぱい嬉しい楽しい大好きな曲。ドリカムは全体的に女性の支持を受けている(と個人的に感じている)が、こういった歌詞の一つ一つが共感を生んでいるのだろう。

あとは、吉田美和の魅力か。本人には申し訳ないが、決して「美人」と言う顔ではないのだと思うが、本人が持っている明るさが魅力的に見せているような気がする。この人間的魅力も「女性たちの応援歌」として受け入れられる土壌になっているのかもしれない。

どうも、頭の中でしばらくリフレインしそうな気配だ。

Do the Hustle!

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くじけたこと。

挫けた(くじけた)、いや、正確に言うと、「挫いた」と言う方が正しい。
何を、って足を。

朝、クライアント先に向かう途中、階段を降りていたら軽く足を踏み外し、バランスを崩す。そう言う事は頻繁、とは言わないまでもたまに起こりうることで、絶妙の足さばきで大抵問題ないのだが。
多分、朝、頭も体も起きていない状態だったのだろう、どうも左足首を変な風に捻ったようだ。捻ったと言っても、すぐに歩けないほど、と言うようなレベルのものではないし、と言いながら、痛いものは痛いので、軽く引きずる程度。
それもしばらくすると徐々に痛みが和らいできたので、挫いた、と言うよりもちょっと捻ったがすぐに治る程度だと思っていた。

のだが。夜になっても痛い。歩けないほどではないのだが。たぶん、整形外科にかかると、「あぁ、軽い捻挫ですね。湿布出しておきます」と言われる程度。日常生活に支障もなく、気付いたら治っている程度。だが、軽く足を引きずって歩く程度。
もうひとつ気になるのは右大腿部だ。こちらはたぶん、バランスを崩した際に、変に踏ん張ったのかもしれない。もしかすると、肉離れの1歩、いや10歩くらい手前の状態か。

つまり、結論を言うと、今、右足も左足も痛いわけである。こういうときは仕方がない、トンカツだ!

と思ったら、既にトンカツ屋の空いていない時間・・・。
長期化するな、これは。

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至福の一瞬

至福の一瞬。

投げたゴミが綺麗な放物線を描いて一発でゴミ箱に入ったとき。

キター。

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映画 宇宙戦艦ヤマトのキャスティングについて

先日、宇宙戦艦ヤマトのキャストに関する話について書いたが、実際のキャストが発表された。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091003-00000030-sanspo-ent島大介は緒方直人、真田さんは柳葉敏郎、斎藤始は池内博之だそうだ。
森雪は、もともと佐渡先生の下だったように思うが、映画では戦闘班、ブラックタイガーパイロットのようだ。原作の加藤三郎のポジションだろう。と言う事は、都市帝国から帰還する際に後部座席で死んでいるのか。

高島礼子が佐渡先生役になっている、と言うのも一つの特徴だろう。ジェンダー問題なのか、映画に色を添えたかったのか分からないが、男くさいストーリーだからそれも良いかもしれない。さすがに、女性が森雪とスターシャしか出てこないとなるとどうにも汗臭い感じになってしまう。一方で、白衣来てうろうろしているようだと、他のドラマのようにも思えてしまうがね。

映画のプロ、制作のプロたちが必死に考えたベストキャストについて、あれこれ言うのは素人の特権。特に原作ものはあれこれ言う事が一番楽しい。残念ながら、原作が良ければ良いほど、実写化でこけるリスク高くなってしまう。期待値の問題と、「大きく変えること」に対する抵抗感が強いのだろう。

正直、ヤマトは実写化しにくいのではないか、と言う気もする。宇宙船の映像はスターウォーズくらいのレベルは期待したい、と言うのが一つ。金がかかるだろう、と。
もう一つは配役。ヤマトの乗組員、および、地球防衛軍は日系がほとんどなので全く問題ないが、敵側だな。今回の映画化がイスカンダルへ行く、対ガミラス戦であれば、ガミラス星人はできればドイツ系が望ましい。デスラー総統にしろ、ドメル将軍にしろ、もとのイメージを持っているのだから。顔を青くするのは多分逆効果だろうな。原作に忠実かもしれないが、映像のリアリティがなくなりそうだ。

デスラーは原作のファンも多いだろうから、それなりの役者を用意するはず。これも一つ、やいのやいの言う楽しみではある。

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文章は読み手が理解する

「コミュニケーションは受け手が決める」と言う言葉がある。

同じように文章もコミュニケーションであるから、発信された瞬間にその解釈は読み手にゆだねられる。そりゃそうだ。このblogも勿論同じ。
このblogは「何かを分かってもらおう」という趣旨ではないので構わないのだが、だからと言って曲解されて、あまつさえ炎上と言う事態にはなりたくない、ものでもある。

先日、ネットを眺めていたら、別のブログの批判を書いていた。言いたいことはわかるのだが、その批判もあまりに思考停止な感じがしている。「これこれこういう理由でこいつはいかがなものか」と言うような趣旨だ。言いたいことは分からないではないが、私の目からするとそれも言い過ぎではないかと。

実を言うと、批判記事を書いた本人は批判しているつもりはないかもしれないし、あるいは、元のブログの裏を読んだ上で書いているのかもしれない。が、いずれにしてもネガティブな言葉が紡ぎ出す力はその読み手に何らかの感情を思い起こさせるのも事実。

結局、文章は読み手が理解する、と考えた上で、「理解しない人は切り捨てる」とするのか、あくまで「理解してもらうように丁寧に説明する」のか、あるいは、そもそも書かないのか。

ネガティブな語がもつ言霊には気をつけたいものである。

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東京03/キングオブコント

キングオブコントで東京03が優勝したらしい。らしいというのは、結局放送は見られなかったから。一応、優勝を決めた東京03のコントだけは見たが、確かに面白かった。

東京03は、飯塚、豊本、角田の三人組。東京03としてはまだ数年かもしれないが、それぞれの芸歴はもう10年以上になるはずだ。当時は、飯塚(ツッコミ)、豊本(ボケ)というコンビで活動していて、角田はプラスドライバーと言う三人組だった。
先日、アンジャッシュ渡部がパーソナリティをやっているJ-Waveの番組に東京03が出ていて、その時に角田が言っていたことだが、どうやらプラスドライバーは売れていなかったらしい。一方、アルファルファも同様。アルファルファが「あと一年でダメだったら辞めよう」と決意していた時に、ちょうど空中分解したプラスドライバーの角田が一人で迷っていたため合流して東京03になった、と言うことのようだ。

アルファルファもプラスドライバーも、言ってみればアンジャッシュもいわゆる「オンバト世代」の芸人である。
オンバト世代とは、NHK爆笑オンエアバトル、お笑い芸人をゴルフボールの重さ「キロバトル」で計る過酷な番組である。10年前位の番組だが、未だにNHKでは続いている。
お笑いブームは「ブーム」と言うように、定期的に盛り上がったり下火になったりしている。今ブームになっているのは、スリーシアターの芸人のように思うが、ちょっと前だと、ゲンセキからでてきたオリエンタルラジオやハリセンボン、さらにその前は、キングコング、ロバート、インパルス、北陽、等のハネトビ芸人がフォーカスされていた。
一時期、ネタ番組をやらない下火の時期があり、その時期に始まったのがオンエアバトルである。当時は、第一回目の優勝はドンドコドンだし、ハリガネロックやますだおかだ、シャカ、ホームチーム、いまや消えてしまったルート33やツインカム、私の好きなラーメンズなども出ていた。(考えてみれば、ラーメンズがテレビでコントをやっているのを見たのは、オンエアバトルと完売劇場くらいしかないかもしれない。)
その時代から、確かに角田は面白かった。今と同じ面白さがある。

そう考えると、東京03は、より角田が生きた、か、単なるラッキーパンチか。

キングオブコントは、M-1と比較して審査が云々、と言う議論はある。がそう言った事を考慮に入れても東京03は面白いと思う。良いんじゃないか?

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