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肩書き

肩書きは重要である。名刺の肩書によって人は態度を変える傾向があるので、相手によってどの肩書きを出すか、という観点では、しっかり考えておいた方が良い。

さて、私の名刺上の肩書きは「コンサルタント」である。
良く「コンサルタントって何をやるの?」と聞かれるが、その質問は実は結構困る。何でも屋と言えば何でも屋だから、「まぁ、なんでもやりまっせ」としか言いようがない。

ところで、以前、幕張メッセで行われるようなコンベンションに参加したことがある。そういうところだと、名刺を置いてきて彼らの顧客データベースに登録されるわけなのだが、先日、「今年もまたやるから」ということで、そのコンベンションの案内が来た。

そこに書いてあった俺の肩書き。


「マンサルタント」


マンサルタントって、何をする人だろう???
うーむ・・・。

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ディベートの秘訣

最近、「君、ディベートうまいよね」と言われた。
特に、専門的に学習したわけでもないし、得意と思っているわけでもないのだが。

総合すると、やはりなんらかの力はあるのではないか、と言う気もしてきた。

いろいろなテクニックはあるのだろうが、「相手に対して説得力を持って話す」と考えると、私なりの方針はある。もともとどういう思考を持っていたかは知らないが、最近意識しているのは、「重要なことから話す」と言う事。このあたりは正しく決める力にも書いてあるのだが、詳しくは以前書いた。

その上で。

大体、ディベートになるような事柄については複数の論点がある。それが入り組んでいてしかも複数の判断軸の取り方があるから、結論がAかBか異なる。これを知っていると、どこで議論するかによって、結論が異なることが分かる。

だから、私が主張する場合、多くの場合はこうだ。

「結論はAです。まず、今回の前提条件を確認しておくと、この問題は、**と**が前提となっていると考えられます。その上で、論点は、α、β、γの3つです。この中でも、前提条件から考えると最も重要なのはα。それ以外は、前提条件から考えるとそれほど重要ではありません。**を判断軸にするのが妥当なので、Aが良いと思います。」

別に、どんな議論でも良いのだが、ある一定条件下で、判断軸を決めてしまえばA or Bと言う内容は、AかBかどちらか一方に決められるケースが多い。
また、複数の論点がある中で重要な観点だけに絞り込んだ場合もどちらかに決められる場合が多い。要するに、「重要な点にフォーカスをする」と言う事が重要だ。

ただ、「これが重要です!」と主張するときには当然重要な点にフォーカスしないとダメだ。それを外してしまっているともう弱い。

一方で、この主張に反論してくるケースで、「それは納得感がなく、この点とこの点ではどうだろうか?」と個別議論に持ち込もうとする者もいる。実はここに入り込んでしまうと平行線である。さらに言えば、ディベートの観客がいた場合はその反論は自滅するケースが多い。なぜなら、「重要だ!」と言っている点に対して回答していないからだ。私の議論の巧妙なところは、「ここが重要である。他は枝葉なのでどちらであっても大したことはない。」と切ってしまっていることだ。だから、ディベート内での反論であれば、「その前提条件は間違っている」「実はこちらの方が重要だ」と言うような主張をしなければならないのである。

基本は、複数論点と、判断軸。これを相手、あるいは周囲に「重要だ」と思わせれば勝ちだ。だからこそ、最初の主張で問題を定義してやる、ここが大事だ。逆に言えば、先に相手に問題を定義されてしまった場合、私がうまく反論できるかどうかは疑問だ。

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日本企業の意思決定方法が変わってしまうかもしれないこと

先日、ある方と話をしていてふと思った。日本企業の意思決定方法が大きく変わっていくのではないか、と言う予感である。

事の発端は、JTの話。本当かどうかは知らないが、JTと言う会社は派遣社員に嫌がられるらしい。JTの人間関係や給与の問題ではなく、労働環境、それも「タバコ臭い」と言うその1点が問題になるようだ。タバコ会社だからしょうがないと言えばしょうがないが。
一方、他の企業はどうかと言えば、かなり分煙化が進み、場合によっては全面禁煙と言う事態も考えられる。そして、少なくとも「管理職たるもの、タバコを吸っていては示しがつかない」と言うようなこともありうるのだ。

翻って、日本の意思決定でよく言われるのが「たばこ部屋での意思決定」である。良し悪しは別にして、難しい交渉事をタバコを吸っている間に決めてしまう、と言う極めてインフォーマルな意思決定方法である。だから、タバコを吸わなくなると、社内の情報がわからなくなる、とか、稟議を通しにくい、とか、そういった事態もあるという話を聞く。
かく言う私も、上司がタバコを吸っているときに「実は例の件ですが・・・」と言う話をしたことが何度もある。本音を話しやすい環境下にあるのである。

それが喫煙人口が減るに従って、その手が効かなくなってくる。そうすると、インフォーマルな交渉事がやりにくくなる。以前より、「会社の人と飲みに行く」と言うことが若い人を中心に減りつつある、と言うことが言われていた気がするが、それも相まってインフォーマルな交渉の機会がさらに減るだろう。

意外に次に来るのは携帯メールによる雑談だったりするかもしれない。いずれにしても、インフォーマルなコミュニケーション機会が減るのだから、代替手段が出来るに違いない。言いかえれば、ベンチャーを目指す者にとってはこれがビジネスチャンスになるかもしれないな。

そう言えば、「分煙」と言うことが言われる前はタバコミュニケーションはあったのだろうか?あるいは、元に戻るだけ、なのかもしれない。

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アイシテルのサインⅡ

どうやら間違っていたらしい。ゴメンナサイ。

先日、未来予想図に関する内容を書いたが、予想に反したことがあり、関係者では恐らくない人たちから大クレームがついた。
ので、謹んでお詫び申し上げておく。

※謹みを感じないコメント

何が間違いかと言うと、アイシテルのサインをブレーキランプでやるのは、未来予想図Ⅱの方らしいのだが、そこではすでに車に乗り換えていやがるらしい。だから、ブレーキランプでアイシテルのは車。
バイクの場合は、タンデムに乗っている女性が後ろからメットを後頭部にガッツンガッツン当てる模様である。それは真似されると非常に宜しくないので、あまり推奨できなくなってしまった。
※ヘルメットは、強い衝撃を与えるとそれ以降、ショックを吸収しなくなってしまう構造らしいのだ。

どこかに推奨できる歌はないだろうか。
特に、女子に推奨できると、その女子に推奨されて男子が増え、と言う好循環でバイク人口が増えるに違いないのだが・・・。


難しいものだ。

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ラーメン屋にたった二人で

オフィスの近くにラーメン屋がある。
みそラーメンなのだが、なかなかうまいので、たまに行く。場合によってはスープが無くなってしまってしまうようなところだから油断は出来ない。カウンターだけ、10席位の小さな店だ。


そして気付いたら二人きりだ。正確には店員が二人いるから四人だが。
10人くらい座れるカウンターに俺と、その隣には勿論女性。
二人とも、今さら話すことは何もない。ただ黙ってラーメンを食べる。勿論、お腹は空いていたのだが、たまにはラーメンでもいいだろう、と思って選んだ。飲みたい気分であればまた違う店を選ぶのだが。このあとオフィスに戻らなければ行けないので、飲んでいる場合でもない。

二人ともお互い会話もせず、目もあわさず黙って食べる。そういう関係性になってしまったのかもしれない。
と、そこへ一人サラリーマン風の男性が入ってきた。カウンターの真ん中に座る我々を横目に隅っこに座る。たぶん、二人の関係を想像しただろう。

まぁ、普通想像するよな。おれが来た時には実はほぼ満席。たまたま食べ終わった人が帰ったのでちょうど席が空いてすわれた、と言うくらい。だから最初は結構混みあって狭いカウンタースペースで周囲に気を使いながらラーメンを食べていたのだが。そのうち、一人帰り二人帰り、でたまたま私の隣に前からいた女性と、私だけが残された。10席空いているのに、真ん中にふたり並んでいれば、なんか微妙な感じになるね。しかも、もともとそれほど広いスペースではないので、ラーメン食べるのも腕の伸ばし方を遠慮しながら、になるのだ。

と言うわけで、横が広く使えるので、若干椅子をずらして食べる。なるほど、タイミングによってはこういうこともあるのか。
勿論、そのあとドラマは始まらず、戻って仕事が再開されたことは言うまでもない。
食い終わって、俺だけ帰ったのを見たそのサラリーマンも心の中で「おーい!」って突っ込んでいたに違いない。

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アイシテルのサイン

DREAMS COME TRUEの曲、「未来予想図」(ⅠかⅡかは知らないが)に出てくる歌詞である。

バイクなんだね、このサイン。

ブレーキランプを五回点滅させる、と言うやつ。


ま、やるのは簡単だ。でも、普段で考えると、よほどのことがない限りやらないかな。ポンピングブレーキ???


そうか、「バイクって、いいよねー」と言う話をする時にはこの話をすると、乗ってくる奴が男女ともに結構いるかもしれないなぁ。
よし、そうしよう。

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席を譲る話

先日、バスに乗っていた時の話である。
女性が乗ってきた。外見的には「おばちゃん」と言うくらいの年齢。その女性が、入ってくるなり、社内に「ペースメーカーを付けているから配慮してくれ」と言うような主旨のことを告げる。
ほう、言われたのは初めてだが、確かに気にはなるだろう、と言う事で、携帯の電源を切ってみた。

先に座っていた男性が席を譲った。そのおばちゃんは丁寧にお礼を言うと、その席に座った。一方、男性が立っていると、今度は別の席に座っている女性(これまた、「おばさま」というくらいの年齢)が、両手に荷物を持っていたその男性に「荷物を持ちましょうか?」と声をかける。男性は断っていたが、お互いの譲り合い精神、と言うものを感じた。
今日はなかなかほっこり気分か、と思っていた。

相変わらずバスが混んでいるのだが、先ほどの譲られたおばちゃんがどうやら降りるらしい。と、その停留所では結構人が降りるのか、おばちゃんと一緒に多くの人が降りようとしていた。当然、空いてくるので、前に立っていた若い女性が席に座ろうとする。するとどうだろう、先ほど譲られたおばちゃん。
「あなた、何考えてるの?お年寄りがいるでしょう!」
と座ろうとしていた女性の背中を押さえつけ、無理やり椅子から引きはがした。おいおい、穏やかじゃないねぇ。

そしてそのおばちゃんは吐き捨てるように何かつぶやくと降りて行った。当然、譲ってくれた男性には一言もなし。

譲り合いの精神や、お年寄りや体の不自由な方に席を譲る、と言うのは正しいことではある。正しいことではあるが、あくまでも善意の上に成り立っていると思っている。小学校に道徳の授業があるように、道徳教育として必要ではあるものの、その価値観を強制的に人に押し付けようと思っても悪意が生まれるだけのような気がする。
Pay it forwardと言う映画がある。「3人の人に良いことをすると、その3人がさらに3人、合計9人の人に良いことをする。それが繰り返されて地球が平和になる」と言うようなストーリーだ。あれと同じ理由で、善でない行為を咎めるよりも自分が良いことをするべきだと思うのだ。おそらく、彼女はなっちょらん若い女性を叱ることが善なる行為だ、と思っていると思う。決して気付かせることは間違いではない。ただ、やり方が違うと思うのだ。注意した行為が悪意、とは言わないが、叱責が良い結果を生むとは思えない。

残念なことだが、正の連鎖はおばちゃんで止まり、おばちゃんがしっかり負の連鎖に変えた。

ところで、それを傍観していた俺だが。
座りそこなった女性を見ていると、周りがガラガラになっても、意地になっているのだろうか、相変わらず立っていた。ので、せっかくだから、背中を押してみたらどうなるか試してみたい気になった。

「座られたら如何ですか?」

断られた。一言で氷を溶かせるほど、人間力が付いているわけではないらしい。

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AOKIにみる販売員のインセンティブ設計

紳士服と言えば、AOKI、コナカ、青山辺りがかなりのシェアを持っていると思う。
デパートにもオンワードをはじめとして様々なブランドはあるが、紳士服専門店の伸長は大きい。
業界として言えば、No.1が青山、No.2がAOKIである。たぶん、コナカが第三位。一般的に、アパレルは個人の嗜好が強く出るため、規模が重要なビジネスではない。だから、多数のブランドが乱立するわけだが。
市場としては、価格の下落に伴い額も減少。今後は、団塊世代の定年により、徐々に数量も縮小するのではないかと思う。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090511-00000000-toyo-bus_all

AOKIが銀座に店舗を出した。今、ちょうどテレビでも上戸彩を前面にかなりCMをやっている。

と言うわけでスーツを買ってみた。どういうわけだかは良く分からないが。
店員に聞いてみると、もともと2週間の予定で開店セールをやっていたのだが、結果的に1ヶ月間に伸ばしたようだ。それで顧客を引くことに意味があるかどうかは分からないが、在庫リスクがかなり積まれているアパレル商品においては、数をさばく事が重要なのかもしれない。

さて。通常、スーツを買うと、「シャツはどうですか?ネクタイはどうですか?」といろいろなものを勧めてくるのが、店舗店員の常である。のだが、今回は売る気があるのかないのか、あまり勧めてこない。あまりしつこく勧めてくると、「お前からは買わん!」と思うのだが、逆にあまりに薦めないと何らかの理由があるのではないかと思ってしまう。

なので、聞いてみた。販売のインセンティブはあるのか、と。
歩きながら話しただけなので正確には分からないが、ある一定額以上を売り上げると、お小遣い程度のインセンティブはあるようだ。一応、金額も覚えていたので、インセンティブの存在は理解されている。が、金額が少額なので、積極的に売る気持ちにはならない、と言うように見受けられた。

勿論、クロスセルはやるべきである。だが、あまりやりすぎると今度はリピートがなくなる。そのさじ加減をインセンティブでコントロールするのだろう。これは難しい。

ここからは勝手な想像だから検証してみないことには分からないが、これは店舗によって、時期によって差があるのではないか、恐らく店長裁量幅なのではないだろうか?
まず、銀座店でやるべきは、顧客ベースの獲得である。何故安売りをしなければならないか、と言うと、顧客に店舗を認知してもらうためだ。だから、短期的に売りを無理に立てるよりは中長期的にリピートしてくれる顧客を獲得すべきである。
一方で、やはりこういう店舗ビジネスの場合、その場でクロスセルを促さなければ機会損失は起こる。だから、開店期間が終了したら、徐々にインセンティブをつけ始めるのではないだろうか?

余談になるが、紳士服を売るような店舗には、かならずテーブルスペースがあり、購入するときに様々待っていたりする場所がある。AOKI銀座店もそれがあるのだが、対面型のテーブルではなく、いわゆる「講座形式」の並びだ。

□□ □□ □□ □□
○○ ○○ ○○ ○○

□□ □□ □□ □□
○○ ○○ ○○ ○○

□:テーブル、○:椅子

これって、カップルシート状態で店員と話するのか?と思ったら、私以外で座っている人は全員男女ペアだった。なるほど、デートで利用するためなのか。
当然、店員はテーブルの前側に立っている。

場所柄、色々あるんだなぁ。

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脳死は人の死か?

臓器移植に関する法案が衆議院で可決された。A案、B案、C案、D案の四案のうち、A案が選ばれた、と言うことである。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090618/plc0906181324009-n1.htm

上記のサイトによると、
A案:「脳死は一般に人の死」と位置づけ、本人が生前に拒否しなければ、家族の同意で臓器提供を可能にする。また、15歳未満の臓器提供を禁じる現行法の年齢制限を撤廃し、子供の臓器移植に道を開く内容。
B案:移植可能年齢を12歳以上に引き下げる
C案:脳死判定基準を厳格化し、当面子供の臓器移植を認めない
D案:歳以上は現行法を維持し、15歳未満は家族の承認などを条件に提供を認める
と言うことだ。

幸いなことに、私の周囲で脳死の人はいない。だから、リアリティを持ってこの問題を考えられないのは確かだ。だから、合理的に考えることができる。

脳死は人の死か?と問われたらまずは次の質問を考えるだろう。

・回復する可能性があるか、ないか?

勿論、かなり高い確率で回復する(脳死状態だったものが、脳が復活する)のであれば、脳死を死とは認めない。
死とは、不可逆の変化であるからだ。だから、生き返ることができるのであれば、死を「死」と定義することそのものがナンセンスである。

確率がかなり低い(死んで蘇生する確率と同程度)であれば、やはり死と考えても良いのではないかと思う。

誤解を恐れずに書こう。
家族や周囲の感情を無視すれば、その人が生きていても世の中に何かの価値を提供できる可能性はない。(医学的ななんとか、は除いて)
一方で、自然界に存在すれば、ほぼ確実に淘汰されてしまう。
この法案の一つの争点は、「臓器移植ができるかどうか」である。一人の死がもう一人の生を救うことができる、とした時に、法律はそれを是認するかどうか、と言う重い問題である。

つまり、脳死を死と断定することで、世の中、少なくともほかの誰かに価値を提供できる可能性が出来る、と言う事でもある。

勿論、自分の家族がそうなったときに同じ結論を出せるかどうかはわからない。が、どの案であっても、「臓器移植は家族の同意が必要」と言うことと、恐らく、生命維持装置を外すかどうかについても家族の同意が必要になろうと思う。その点では、ほとんどのケースにおいて、現行と変わらないのではないか、とも思う。

この法案は12年先送りされていたらしい。言いかえれば、重要な問題に対して逃げてきた、と言う事なのかもしれない。それまでの12年何をやってきたのか、と言う話はあるが、一方で、共産党以外の全政治家が自分の意志で人の死について意思決定を下した、と言う点に関しては評価できる。(共産党は党議拘束をかけたらしい)

この法案によって、たとえば、今、脳死状態の子供を持つ人が社会的なプレッシャーから臓器提供しなければならない、と言うようなことになるかもしれない。あるいは、今まで助からなかった臓器移植待ちの子供が助かるかもしれない。恐らく、結果も賛否両論になるだろう。しかしながら、分からないから決めない、と言う態度では政治の存在価値はない。しっかり判断を下す。問題があれば調整すれば良いではないか。

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JTがM&Aに成功するワケを考える

考えると書きながらさほど考えていないのだが。

日経ビジネスにJTのM&Aがいかに素晴らしいか、と言うような記事が書いてあった。成功の要諦は、
1) かなり前から小規模な買収など含めて組織として準備してきたこと
2) M&Aされる側の立場から中長期的な成果を求めたこと
と言うことらしい。

が、もう少し考えてみると、まずはM&Aによって拡大することが重要な事業なんだろうな、とは思う。いわゆる、「規模の経済性が効く」と言う事なのだろうが、何の規模が効くのかはちゃんと調べていない。おそらく、
・多くの国で、タバコは専売制、もしくは許認可制のため、免許を持っていることが重要
・工場設備が設備型?
と言う辺りではないかと思う。

それにプラスして、JTがもしかすると、利益圧力が弱い会社なのかもしれない。だから、「中長期に利益を出す」と言う選択肢を取りうる文化なのだ、とか。

もう少し真面目に調べてみても面白いかもしれない。
ま、雑感。

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Computerの日本語訳は

Computerの日本語訳はコンピューターである。Personal Computerの日本語訳はパソコンである。
少なくとも今はそうだ。

だが、ちょっと前は、「計算機」と呼ぶ人が多かった。正確には電子計算機。

現在のコンピューターはほとんど(実際良く知らないので何とも言えないが)はノイマン型のコンピューターである。だから、正確にはvon Neumann architectureの電子計算機、である。


例えば、バイクを単車と呼んだりするのも似たようなものなのだろうが、少し古い呼び名で呼ぶとカッコいい、気もする。おそらく、この傾向はもともと趣味的なものだが、大衆化されてしまったもの、にその傾向があるだろう。例えば、コンピューターを計算機と呼ぶのは、基本的にはある一定世代の人だ。パソコンが普及する前からコンピューターを利用していた人だから、かなり詳しい。実際の力はともかく、理論等を考えると、コンピューターの基本的な動きは昔のマシンを使える人の方がはるかに詳しい。これは彼らが優秀だった、と言うことではなく、それを知らなければコンピューターを動かせなかった、と言うことである。
良く、Cやjavaは高級言語と呼ぶが、これは、人間に理解しやすいような言語体系である、と言う意味である。コンピューターに理解しやすいような言語、マシン語やアセンブラとは異なるのである。

つまり、昔のコンピューターはバカだった、と言う事でもある。

計算機、と呼ぶからには、昔は計算がメインだったはずだ。もともとコンピューターの最も得意とする分野は計算である。計算はBit演算から容易に出せるからで、入出力デバイスが絡んでくるものとは異なるのだろう。
今でこそ、Webブラウザ、プレゼンテーション、はたまた動画と様々なアプリケーションがメインになっているが、本来計算機は計算するものなのである。calculatorのような計算とはわけが違う。円周率をはじき出したり、地球シミュレーターなんかもあったりする。

何が言いたいかと言うと、実は言いたいことは何もない。ただ単に、computerの語源ってなんだろう、って思っただけだ。
※Wikipediaによると、算術計算する人を昔からcomputerと呼んでいたらしい。

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ヒーローの定義

「プロレスラーは強いんです」、新日本プロレス所属の中邑真輔が事あるごとに言うセリフである。

恐らく、プロレス、と言うエンターテイメントの全盛期は猪木、馬場時代くらいで、そのあとは、闘魂三銃士なども出たが、徐々に深夜帯に移動し、今はゴールデンで放映されることはほとんどないだろう。
だが、当然、深夜ではやっているわけで、高校、大学時代にも見ていた。

そこで活躍していたのが、三沢、川田組、である。三沢光晴だ。

三沢光晴は、二代目タイガーマスクだったが、タイガーマスクの頃の印象はほとんどなく(その頃はあまりプロレスを見ていなかった)、川田と組んで全日で暴れている時代が印象的だった。エルボやスリーパーよりもタイガードライバーやタイガースープレックスのような派手な技の方が個人的には好きでもある。

ただ、残念なことに、試合中だったようだ。プロレスラーは強いんです、とは言うが、だからこそ驚きでもある。リングの上で死ねるのは本望、と言う人もいるかもしれない。が、一方で、死なないからこそプロレスなのでは、と言うこともあるかもしれない。

ご冥福をお祈りいたします。

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そして思考は停止する

最近流行りの「思考力」、たとえば、論理思考力だったり、はたまた地頭力だったり、まぁ何でも良い。いわゆる、論理的な思考を前提とした思考方法の多くに「簡単に思考を停止してはいかん」と言うようなことが書いてあったりする。


思考停止とは、ある部分をもって結論とみなし、それ以上は深堀しないことを指す。


その前提は、おそらく、「世の中に解けない問題はない」と考えるところからスタートする。必ず答えがあるものだと。
勿論、「正解は一つではない」と言うことも含めて。


しかし、実際に考えてみると、解けない問題なんて山ほどある。正確に言うと、「俺には解けない問題」だ。そんなとき、自分の思考がどうなっていくかと言うと、超高速で頭が回転し、取りつくろい始めるのである。心のどこかではそちらは正しくない、と知りつつも、自分が納得できる程度に取り繕うのだ。その点、自分の心を騙せる程度に、俺の頭は小利口なのかもしれない。いや、心が弱いのだ。

そうして、思考は停止する。

思考は停止するのだが、思考が停止したことにも気付いている。そんなときに思うのだ。「あぁ、また思考が停止している」と。
そして、再開する力はその時には無かったりする。もう少し言えば、時間切れである。

たまには「それでいいんじゃないか?」と自分を慰めてもみたいが、自分をだますことは出来ても、慰めることは出来ないらしい。どうやら、小利口ではあっても人間力は足りない、とそう言うことだ。

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おめでとう、当選

友人から電話があった

「おめでとうございます!当選しました!」
え?どういう事?
「おめでとうございます!ご了承いただけますか?」
え???
な、何が?


え?
え?


なんか当たったらしいぞ


「見事当選しましたので、幹事をお願いします」

幹事かい!
なんじゃそりゃ、どういう基準だよ

「みなさんと厳正なる審査と協議の結果、私の携帯に登録されている中から決めました」


もうめでたくも何ともない…
D

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送れないメール

過去、送らなかったメールは山ほどある。
まずあるのは、何かを送りたいと思ってみたものの、何を書いて良いかわからないメール。
さらに多いのが、「やっぱり送らない方が良いだろう」と判断したもの。
そして、一番多くもっとも重要なのは、「送ろうと思っていたのだが、日々にまぎれて送らなかったメール」である。

これはメールだけでなく、実際に会って話をする、と言うコミュニケーションも同様。よく、緊急度と重要度のマトリクスを書いてみたときに、「緊急だけど重要でないもの」をどうするか?と言う議論になる。

タスクマネジメントの世界では、「やらない」が正解。重要でなければ、緊急だろうが何だろうが、最初から無視して良い、と言うことだ。この前提としては、緊急度によって重要度は変わらない、と言うこともあるが。

メールの話は、別に恋人が云々、と言う話をしたいわけではもちろんない。恋愛の話は、まぁ勝手にやってくれ、ぐらいに思うのだが、どちらかというと、「人生」と言うような話かもしれない。

節目節目で、年賀状、書中見舞いなど、挨拶状を出す。これはお世話になった方への感謝の気持ち、でもある。
それと同様にお世話になった方、あるいは、疎遠だがたまには、と言う人もいるだろう。メールでのお礼でも良いし、「今度飲み行こうぜ」でも良い。ただ、日々にまぎれて何もしないことに問題があるのだろう。

感謝をしていないわけではない。だが、それを言葉にしなければ、相手に感謝の気持ちは伝わらない。

勿論、そう言う場合のほとんどは、メールを書かない程度で壊れてしまうような人間関係ではないと思う。ただ、だからと言って何もしない、それではあまりにも淋しいではないか。

※と言うからには、と言われてしまうと、これを書く前にメールを10通くらい書け、と言う話になりそう・・・。

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作ってあげたい彼ごはん、って

「作ってあげたい彼ごはん」と言う本が売れているらしい。フードコーディネーター岡田 史織さん(SHIORIと自身のBlogでは書いている)が書いているらしい。

ちなみに、何で俺がそんな事を知っているかと言うと、「あ、安部礼司」で聞いたから。

ラジオの情報によると、この本が売れたのは、今まで4人分が普通だった料理本に「2人分」と言うレシピを提供したこと、らしい。確かに、今までの家族は4人が標準。お父さん、お母さん、一姫二太郎、くらいだろう。それだと、女性が大好きな彼に料理を作る時には、毎回レシピの量を1/2して考えないといけないのが大変だから、と言うことだ。

実は、どんな料理があるのかよく知らない。なぜならばラジオで聞いただけだから。
フードコーディネーターと言うぐらいだから、たぶん「普通においしい」メニューを紹介しているんではないだろうか?

でも、個人的には思う。こういうのが売れるのって、単純にコンテンツが良いだけではないと思うんだな。ビジュアルも一つのキーだったのではないか。そう思うのだ。

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最近気になる曲 木村カエラ 「Butterfly」

TV CMでもおなじみ、ゼクシィのCMソング。これが面白かったのが、ティザー広告のようなやり方をしていたこと。CM自体は5月くらいから始まっていたが、それを歌っているのが木村カエラだ、と言うのを明かしたのは6月1日。誰が仕掛けたのかわからないが、うまくやった感じがする。尤も、それがゼクシィ、あるいは、Butterflyの売上に貢献したかは知らないが。

歌詞も結婚をイメージしたもので、最初からゼクシィのCMソングとしてリリースする想定だったのかもしれない。
Butterfly 木村カエラ 歌詞情報 - goo 音楽

歌詞は木村カエラ自身が書いているようだが、作曲は末光篤と言う人。

木村カエラ、余り好きなタイプではない(勿論、アーティストとして)、と思っていたのだが、CM等で使われている曲を聞くと意外に良かったりする。サディスティックミカバンドで加藤和彦が登用した気持ちも分からないではない。

と言うわけで、今度のアルバムを買おうかどうか悩み中。こういうとき、ベストが出ないかな、思う。もう、5枚くらいアルバムを出しているのだから、そろそろいいんでないかい?

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納得感

電車が止まった
今まさに停止中だ

なかなか良いな、と思うのは、車掌が積極的に情報を開示しているところ

人身事故で止まっているのだが、
・どこで問題が起こり
・今はどういう状況で
・どこまでは動いているのか
を多分車掌に状況が入り次第アナウンスしている

やはりイラつくのは状況が見えないとき
それを冷徹に伝えてもらえると納得感はある


マニュアルで決まっているのかもしれないが、良いマニュアルだろう

まぁ別に急ぐ用もない、と言うのも大きいが
D

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最近気になる曲 MiChi 「KiSS KiSS xxx」

最近、ラジオで良くかかるMiChiと言う人の「KiSS KiSS xxx」と言う曲が気になる。曲調や雰囲気からすれば本来あまり好きではない部類なのではないかとも思うのだが、妙に頭の中でリフレインする。
なんだろうな?

いや、でも、ちゃんと聞いてみるとなかなかカッコいいのかもしれない。
メロディーが北欧POPっぽいのかな(俺イメージ)。ギターリフ、コード進行がいいのかもしれないなぁ。

もしかすると、詩がなにかこう、特徴的なのかもしれないが、相変わらず詩には全く興味がない。
それはそれでどうかとも思うが。

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喉が渇いたと思ったとき

喉が渇いたなぁ、と思ったとき。

回りくどいい方をせず、ストレートに言うと、飲みたいなぁ、と思ったとき。

大抵、時間は20時とかなので、誰かを誘おうとも考えにくい。


ので、結局帰って缶ビールを開けるわけなのだが。

こういうときにこういうところで「今飲みたい人連絡ください」とか言ってみたら反応があるものなのだろうか?

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正しい質問をすること

相手が間違っていて指摘をしなければならない、と言う時に、何と質問するか?実は適切な質問と言うのは難しい。
注意しなければならない点には幾つかあるが、結局のところ目的は「相手が質問の意図に気付くこと」「相手が行動を変えること」の二つに集約される。

そもそも、「何が間違っているか」を捉えるのは一つのスキルではあるが、それが出来たという前提で。その上で一番簡単なのは、「そこが間違っていますよ」と指摘することだろう。いわゆる「刺す」と言うやつだ。これは確かに分かりやすいように見えるが、実は二つの目的を達成することが出来ない事が多い。刺してしまうと、相手は、「自分の事が避難されている」と思いがちになる。刺す側と刺される側に「刺すこと」に対する信頼関係が十分に成り立っていればよいのだが、そうでなければ、大抵は対立の構図になってしまう。
だとすると、別の手段で対応しなければならない。

まず、押さえなくてはならないのは、相手がどのように間違っているか、だと思う。通常、「だれが考えてもそれはおかしいだろう」と言うような間違いはほとんどない。多くの場合、ある局面から見れば正しいことでも、この局面では成り立たない、と言うような微妙なケース、もしくは、間違っているわけではないが、ちょっと考え方が浅いのでは、と言うようなケースだろう。
それを考えると、実は「前提を見誤っていて自分が間違っている」と発見することもある。だからこそ、まずは相手の間違い方を見抜く必要がある。
その上で、どのように言うべきか?

それがわかったら勿論苦労しないのだが、最近、私の中で幾つかパターン化されつつある。
一つは、具体例を聞くこと。一つは、仮定の質問をすることだ。
まず具体例について。多くの場合、具体化されていずに間違いに気付かないケースが多い。特に概念論をやっている場合は、「たとえば、どういう事ですか?」と聞いてみると良い。以外に、たとえが出てこずに「うーん」となる。
一方、仮定の質問とは、いわゆる極論に近い。やはり明示するには極論をやるのが良い。もちろん、「これはあくまで極論ですが」とか、「たとえば、もし仮に」とか接頭語はつけるがやることは同じだ。

いずれにしても、少なくともまず前提を認め、相手の言う事をいったん認める、と言う手続きは踏まなくてはならないのだろう。このへんは少しめんどくさいが、まぁ仕方がない。

ちなみに、時間がない時、重要でないときはバッサリ行くこともある。ただ、残念ながら、バッサリやるとそこで感情的コンフリクトが起こり多くの場合、余計に時間がかかるのだが。

質問力の話はこんなネタもある、ちなみに。

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「質問力」について考える

多くのビジネスパーソンが自分の「質問力」と言う力について課題を感じている。極端な事を言えば、課題に感じていない人はほぼ皆無ではないだろうか?
それくらい「質問する」と言うシチュエーションは多く、しかも難しい。

以前、「ビジネスに正解はないが、正問はある」と言う事を言っていた方がいた。まさに、おっしゃる通り。聞かなければならない、あるいはそのシチュエーションにあった質問はまさしくある。

と言う前置きの元に、また宣伝じみてしまうが、ご案内。
家弓正彦の仕事塾「質問力」 ~質問力で相手が変わる!相手が変わるから成果が変わる!
実は、この仕事塾シリーズは、既に第七回になるのだが、今まで宣伝したくてもなかなか出来なかった、と言う側面がある。と言うのは私がここで宣伝する前に定員に到達してしまう事が多かったからである。「申し込もうと思ったけど、もうキャンセル待ちじゃねーか!」と言うクレームを個人で受け付けたくないので黙っていたが、解禁。

内容については、私のボスがこれから作るため、全く分からないし保障もできないのだが・・・。少なくとも、費用対効果で考えると全く以て問題はないと思う。
ちなみに、懇意にさせて頂いている一部参加者に聞いてみると「なかなかこういう話を内容を理解して話せる人は少ない」「5000円でも良いくらいだ」「職場にも紹介したい」と言うような声を聞く事がほとんどなので、比較的ポジティブに受け取って頂いているようだ。

どんな人でも来て頂きたいところだが、極々個人的な意見を言えば、普段あまりこういうビジネスの講演や勉強に触れていない人に聞いて欲しい。ビジネスにおける成長のきっかけとして使って欲しいのだ。

ちなみに、たまに「キャンセル待ちになってるんだけど、なんとかならない?」と言うご連絡を頂くことがある。なんとかしたい気持ちはもの凄くあるのだが、実はこのセミナーに限っては私の力は全く及ばず、いかんともしがたいのである。だから、言ってくれる気持はとても嬉しいのだが、なんともならないので、早めに申し込んで頂けるとありがたい。

※ありがたい、とか上から目線で言うことでもないが・・・。

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ブロッコリーに関する考察

今、ブロッコリーがアツい。
各方面でブロッコリーが注目されている、に違いない。
少なくとも、俺と友人もう一人は注目している。

飲んでいて急に話題になった。「このレシピはなんとか再現できないものか?」と。
発端は、ある飲み屋で評判のブロッコリー料理。男二人が「このレシピはどうなんだ?」と言う議論から始まったのが最初である。

かなり近いところまで行ったので報告しておきたい。
ただ、一つ言っておくと、ブロッコリーとガーリックの組み合わせは基本的にうまい。はずれはあまりない。
だから、このレシピ通りに作るより、自分でオリジナルに作った方が良いかもしれない。
まぁ、それはそれとして。あくまでこのレシピはガス台一つを前提としたものなので、並行できるところはぜひ並行して頂きたい。

1) 鍋で水を沸騰させて、ブイヨンを入れる。
2) ブイヨンスープで適当な大きさに切ったブロッコリーを茹でる。
 なお、ブロッコリーはおいしいので茎の部分も茹でて食べよう。
3) 茹であがりそうなところで鍋を火から外し、フライパンを火にかける。
 多めのキャノーラ油とスライスしたニンニクを入れて弱火で。
 ガーリックがキツネ色になってきたところでフライパンを火から外し、
 鍋を再度温める。
4) 鍋からブロッコリーを皿にとりわけ、少しだけスープをかける
 皿はこのとき深い皿が良い
5) 醤油をかける。分量は適当。はっきりってわからない。
6) 最後に油ごとニンニクをブロッコリーにかける。
7) ビールと一緒に食す。

※ブイヨンはコンソメでもOKと思う。うちにはマギーブイヨンしかない。

ちなみに、この作り方をやると、ブイヨンスープが残る。
もったいないから、焼きそばにしようと思っていた豚肉と、これまた焼きそばにしようと思っていたキャベツを突っ込み、さらに、ちょっとだけあまっていたマカロニをぶち込んで、スープっぽいもの完成。
これはこれでうまいと思う。

頂きます。

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