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15分遅れるけどいい?

先日、駅のホームで女性が携帯電話をかけているシーンに出くわした。多分、相手は男性だろう。デートに向かう途中なのかもしれない。
「15分遅れるけどいい?」
多分、相手からOKが出たに違いない。その後はホッとしたような表情で電車を待っていた。

ん?待てよ?
その質問は、そもそも回答が「OK」しか採り得ないのではないだろうか。もう少し正確に言うと、いいか、と聞いて「ダメだ」と答えられた場合、多くのケースで対応のしようがない。
例えば、今、厚木辺りにいて、用賀集合と言う時に電車ではなくバイクを飛ばしていく、という選択肢はまぁないわけではない。また、今、新横浜にいて、品川、あるいは東京集合、の場合では、遅れちゃいかんとなれば、新幹線を使う事が出来る。
しかしながら、多くの場合はそれより早い代替手段など残されてはいない。敢えて言えば駅から遠い場合にはタクシーという手段はあるが、それ以外は通常「もっとも早い手段を使っても遅れる」と言う段になって初めて電話するので、もう打つ手がない状態なのだ。

と考えると、そもそもこの質問は、遅れることが良いかどうか、を問うている質問ではない。むしろ、「遅れる事は決定しているが、許してくれる?」という質問が正しいのではないだろうか。と言うよりも、現実に彼女はその質問をしているのであり、男性がいかに文章上正しくとらえようとしても意味がない、と言う事なのかもしれない。
男性諸君よ、決して「NO」と言うことなかれ。また、一度Yesと言ったのならば、会った時に愚痴を言うことなかれ。

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混んでいることが必ずしも悪いとは思わない

12/29ともなると多くの企業が休みに入っているため、朝の通勤電車もガラ空きである。今年は特に、12/29が月曜日だったため、もともと12/29を年末休みにしている企業が多い、というだけでなく、たとえば有給を取って休みにしたりとか、会社によっては、12/29の代わりに、12/27に振り返るところも多いと言う。
この休みは不況という経済環境とは関係なく、起こっているのではないかと思う。企業によっては、工場の機械を止めるところもあるから、全く違う、とも言いきれないが、昨今気候の冷え込みと経済環境の冷え込みとの関係、と言うのと同程度の関係性だろう。

ここのところ、急に寒くなったので、異常なまでに寒がりな私としては辛いものである。
その点、普段は駅のプラットフォームは寒いものの、電車に乗ってしまえば暖かい、場合によっては満員電車では暑いときもある。

が、12/29ともなるとガラ空きである。普段は「座れるところあるかなぁ」とドキドキしながら待つ電車も今日はガラ空き。だから、座って行けるのは良いのだが、ここまでガラガラだと逆に寒い。ここまでガラガラなら、電車の方も気を利かせて暖房を強くしてくれればよいのだが、残念ながら田園都市線は首都圏仕様、防寒効果はあまりない。

座って行けるのは良いし、座れば勿論電車の中では寝ていきたい。寝ていきたいのだが、ここまで寒いとむしろ風邪を引きそうだ。
混んでいる、と言うことは必ずしも悪いことでは無いらしい。もちろん、混み方が適度De、座るところがある、と言うことが前提ではあるが。

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手動紙送り機能付きプリンター

この時期は、年賀状の生産にいそしむ方が多いと思う。私も多分にもれず、伝統的に日本文化をそのまま引き続こうとあがいているところだ。最近、電子メールで新年のあいさつをしている人が増えているが、まだまだ紙にこだわりたい。

とは言うものの、やはりある程度の枚数になると、流石に住所を書くだけでも疲れるし、10年以上前から画像印刷を多用しているため、プリンタは欠かせない。今回もその方式で行こうと決めたのだが。

私が持っているプリンターはEPSON PM-730Cという機種で、いつ購入したかは忘れたが、もう5年くらいは使っているはずである。それぐらい使うと、プリンターもガタが来るのだろう。紙を送る機能が弱っているのか、歪んでいるのか、なかなかうまく葉書を取り込んでくれないようになってしまった。
それを使って印刷するしかなく、仕方がないから、手を添えて無理やりプリンターに食わせるようにするしかない。そう、まさに、「手動紙送り機能」である。

やってられるか・・・。

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プレゼンテーションにおける70%ルール

プレゼンテーションのデリバリーテクニックの一つに「70%ルール」と言うものがある。ルール化したのは恐らく私のボスだから、世間一般で知られている理論かどうかは知らない。が、これを知っているか知らないかでプレゼンテーションの質が大きく違うのではないか、と最近思うに至った。

70%ルールとは、プレゼンテーションのデリバリー時(つまり、実際に聴衆の前でプレゼンテーションする時)に70%は聴衆の方を見なさい、というルールである。パワーポイントを利用したプレゼンテーションの場合、人間の心理としてパワーポイントの画面を見たくなってしまう。それを敢えてこらえて聴衆を見なさい、と言う事なのである。

私は決してプレゼン上手と言うわけではない。しかし、先日、かなりの割合はお世辞なのだろうが、知人にプレゼンを褒めて頂いた。プレゼンと言っても、ビジネススクール内でやるプレゼンなので、商談がかかった、とか、100人の前で講演、とかそう言うレベルの話ではなく、ある意味で練習ではあるので、本番さながらの緊張感と言うものは余りなかった事は否めない。その時に気を付けていたのが70%ルールである。極端に言えば、70%ルールだけを注意しようと思ってやったプレゼン、とでも言おうか。案外、その辺りが評価されたのかもしれない。

一方、別の機会に友人のプレゼンを見る機会があった。その人は、見た目も良く、話し方もダイナミックで自信にあふれ、滑舌も良く、とデリバリーにもってこいの資質を持ちながら、何かしっくりこない。何だろう、と考えてふと気が付いたのが、70%ルール。聴衆を見ていたのがせいぜいで50%、いや、もっと少なかったように思う。そうすると聴衆から見て「この人は内容を良く分かっていないのではないか?」と見られてしまう事もあるだろうし、ボスが言うには「声がこもってしまう」事も問題らしい。正面を見て話すのと、横を見て話すのでは空気の振動が違うと言うのである。

前述の私のプレゼンは、実は内容全てが頭に入っていたわけではなく、わからないところはキーメッセージを読むだけ、と言うようなかなり荒技もやったのだが、とにかく自信満々に聴衆を見ながら話す。指示棒は本当に必要な時だけ取り出して使う。自信満々は性格の問題もあるだろうが、前を見て話す、のは誰にでも出来るはず。こんな小技でも「プレゼンがうまく見える」と言うのであればやらない手はないだろう。

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世の中を健康にするのは

「世の中を健康にするのは、
 リスクをマネジメントできる人だと思う。」
とは、千葉工業大学 金融・経営リスク学科の電車内広告のキャッチコピーである。

これから言う事は、一個人としての意見なので、決してそのコピーを批判するものではないが、受け手の視点で書いてみたい。
(勿論、お前はターゲットではないから、刺さらなくて当たり前、と言われればその通りである。)

勿論、リスクマネジメントが出来ている人は世の中を健康に出来無いとは言わないが、必要条件と言う感じがしない。よしんば必要条件であったとしても、それが第一番に来るとも思えない。つまり、「世の中が健康になる」と言う事と「リスクマネジメント」がつながらないのだ。
敢えて考えてみると、今のサブプライム問題に端を発する不況の大本は、金融リスクのマネジメントがスタート地点になっている。だから、今のこの金融商品(=虚構商品、として)における不況が不健康である、と定義すれば、リスクマネジメントは重要、かもしれない。が、それはあくまでも「健康にする」と言う事ではなく、せいぜいでも「不健康にしない」と言う事であって、決してポジティブな位置づけではない。

リスクマネジメント、と言った時に何をイメージするかはそれぞれによって違う。多くの人はリスクとは、これから起こる可能性があるマイナス要因の事、と考える。デメリットの事をリスク、と呼ぶケースもある。ファイナンス的には、ある一定の可能性で起こるブレの事をリスクと呼び、プラスだろうがマイナスだろうがリスクである。
リスクマネジメントとは、「よく分からない、どれくらいの確率で起こるかも分からない、どれくらいのブレ幅かもわからない」ものを分かるようにし、解消、軽減、移転、容認等など対応方針を決めて対応していくことである。リスクマネジメントとは、リスクを完全に消すことではなく、ある一定範囲内にコントロールしておき、顕在化を防ぎつつ、顕在化しても最悪の事態には陥らないようにすることである。

と言う事を考えて改めて、「世の中の健康」と比較して考えたい。リスクマネジメントによって世の中を健康にできるか?まぁ、必要ないとは言わないが、それよりも重要なスキルはもっとあるはずだ。たとえば、世の中を健康にする技術を生み出せる人、ヒトを動かせる人、戦略を立てられる人、等など。不健康、を「金融手法が先行した資本主義」の事を指しているのであれば、ファイナンス理論と経営論が重要かもしれない。いずれにしても、一番に来るのはリスクマネジメントでは無いだろう。

リスクマネジメントを推すのであれば、もっと他の事象を取り上げるべきなのではないだろうか?

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似ているとそれはそれで気になる

今日、コンビニに行ってみたら、惚れてまうやろ~でおなじみのWエンジン チャンカワイに似ている人が店員だった。普段、「君は**に似ているね」とはあまり言わないのだが、どうしても気になってしまう。
他にも、とろサーモン久保田に似ている店員がいるスーパーなどもある。

そういう店員がいると、「惚れてまうやろ~って言えよー!」とかついつい思ってしまう。
お釣りを渡す時に軽く女性の手が触れたりすると、彼は「惚れてまうやろ~」とか言うのだろうか?

ま、だからなんだと言われても困るが。

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冬の銀座

先日、銀座を歩いていたら、ミキモトの前で人だかり。何だろうと思ってふと見てみると、電飾されたクリスマスツリー。

Xmastree銀座のクリスマスツリー

私を知る多くの人は「お前はそう言うのには興味ないだろう!?」と言うだろう。正解、その通り。ただ、こういったものがいまや日本の風物詩であることを思うと、季節を感じないわけでもない。

私も人のことは言えないが、皆写真を撮るもんだなぁ。

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人の話を聞かないヤツ

以前、私が勝手に尊敬している人から私を評して「お前はヒトの話を鵜呑みにしないところが良い」と言って頂いたことがある。尊敬している人が言おうが誰が言おうが、言っていることをそのまま信じずに、自分が正しいと思った事を主張することが良いらしい。

最近、その人がブログでやなわらばーの「ぷれぜんと」を紹介していた。やなわらばーといえば、以前、歌ぐすいについて述べた覚えがある。
ほう、新しいアルバムが出たかー、と思って今日CD屋に立ち寄ってみた。どれどれ、新しいアルバムが、おっ、あった。

うぉい!シングルじゃねーか!!!

尊敬している人の言うことだからと言ってそれを鵜呑みにするのは決して正しくない。そう言う意味では、彼の評価軸は著しく正しい。ただ、評価の値が正しかったかどうかは甚だ疑問でもある。
※なお、その人は別にアルバムとは一言も書いていない。思い込みとは怖いものである。

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うたポン

うたぽん2というアルバムを買った。村上"ポンタ"秀一である。

村上"ポンタ"秀一と言えば、日本を代表するドラマーの一人である。と言いながら、他に誰が日本を代表するのかは知らないが・・・。
wikiに依ると、1万枚以上のCDに収録されているらしい。Jazzと言うか、Fusionと言うか、PONTA BOXではそういうタイプのドラムを叩いていたので、彼のスタイルはもともとそう言う部分にあるのかもしれない。

多分、ポンタを聞きたくなったのは、以前触れた葉加瀬太郎の影響だろうと思う。情熱大陸のライブを以前、テレビでやっていたが、そのノリだ。

ちなみに、このアルバム、かなりJ-POPな感じで、俺好みでもある。いいんですよ、単純な曲調で。この感じなら、うたポンも買おうかな。

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背中を押す、と言うこと

多分、多くの人は背中を押されたがっているのではないかと言う気がする。
そんなとき、その人が行きたい方向にポーンと背中を押してみる。すると、きっとその人は押されたとは気付かずに突き進んでいくのだろう。

そんな、「押されたのに気づかないけど神の目から見たら彼の果たした役割は大きい」人間になりたい、とずっと思っていた気もする。残念ながら、背中をうまく押せるほどのスキルはないが。

まだまだですな、スキルもマインドも。

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ハーバードでは教えない実践経営学

以前、ある方からの勧めで、「ハーバードでは教えない実践経営学」を読んだ。その中で最も印象に残っているのが、「誰かを誰かに紹介すると、その人は両方から喜ばれる」というような主旨の内容だ。引き合わせた二人が例えばビジネスで成功したとして、そのきっかけを作った人物に感謝しないわけはないからだ。
そう言われると確かに、と思う。以前は、「誰かを紹介する」となると、それぞれメリットがないのではないか、なんらかの営業と思ってしまうのではないか、或いは、「こんなやつを紹介してどういうつもりだ!」と言われたらどうしよう、と思っていた節がある。が、その本を読んでからそんな思いはなるべく持たないようにしている。

以前、この2人は話すとマッチするかもなぁ、と思ってある2人を引き合わせた事がある。私の中ではお互い素晴らしいビジネスパーソンで、仕事の領域も近いから話が合うと思って、引き合わせてみたのである。
しばらく音沙汰がなかったが、久々に連絡が来て、「二人で飲むからおまえも来い」という。2人よりは3人の方が良いから、なのかよく分からないが、飲むこと自体は嫌いな方ではないので二つ返事で行くと答え、飲みに行くことにした。

聞いてみると、彼ら二人は私が引き合わせた後も会っていたらしく、何かビジネスが出来ないか、と言うようなことも相談しているらしい。で、年末だから飲みに、と言うような経緯から私も誘って頂いたようだ。

嬉しいことに、本心なのか建前なのかわからないが、それぞれから「お前のおかげで今日は楽しい会になった」と言って頂いた。2人とも、私が知る限りでは優秀なビジネスパーソンであるし、将来成功して欲しいし、おそらく成功するだろうと思う。そんな中で、私が触媒となって何かが生まれたらこんなに嬉しいことはない。

確かに、MBAでは「ヒトの紹介の仕方」という講座は存在しない。しかし、自分が介在することで何かの価値が出ることになれば、それは自分自身のValueUpになる、ただそれだけで自分がここにいる意味があるのかもしれない。幸せな一日になった。

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言ったモン勝ち

経営学(と言うよりも、経営管理学:Business Administration)の領域におけるフレームワーク、たとえば、5F、3C、SWOT等についての話である。
経営やビジネスについてのツールであるフレームワークは、「言ったモン勝ち」なんではないか、と最近思い始めた。

フレームワークが良いか悪いかは、如何に使われるか、使い勝手が良いか、が重要である。勿論、「目からウロコ感」のフレームワークが存在すれば、それはそれで意味のあることなのかもしれないが、実はそれはコロンブスの卵みたいなものだ。
逆に、「誰も思いつかないようなフレームワーク」だと、正直言って、納得感もないだろうし、誰も使おうと思わないはずだ。使うシチュエーションすら思いつかないかもしれない。
とすると、結局、良いフレームワークとは、「あぁ、そうだよねー」くらいに感じるものなのではないかと思う。と言うことは、逆に言えば、誰にでも思いつく可能性があると言う事で、何かの枠組み、たとえば、3Cなら3Cを「市場、競合、自社の三つで3Cです」と言えばいいのである。つまり言ったモン勝ちだ。

だがしかし、一方で難しいのは、それを言い切ることではないだろうか?例えば、マイケル・ポーターの偉いところは、「企業が勝つための競争戦略には三つしかない(※)!」と言いきったところである。実際には、その三つの類型では足りず、派生商品が山ほど出るのだろうが、それを言いきることで、出る価値、というものがある。結局、わかりやすいくくりに如何にできるか、それがカギなのだろう。

フレームワークは言ったモン勝ち、それは確かにそうだ。だがしかし、それを分かりやすく言える能力がある、だからこそ勝てるのかもしれない。

※コストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略の三つの事

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被害者だが加害者でもある

朝の田園都市線は、事故のためエライ混んでいた。聞くところによると、首都圏で二番目、と言う事は日本で二番目に混んでいる路線らしい。(ちなみに、聞くところによると、一番は東西線だった気がする。)
それが、朝、事故がありダイヤが大幅に乱れたため、予想以上に混むことになった。通常でも日本で二番目に混んでいる路線なので、ダイヤが乱れ、「普通だったら複数本に分かれて乗る人たち」がまとめてその電車に乗っている、乗ってくるのである。混んで当然と言えば当然だ。

満員電車、それも身動きが取れないぐらいの満員電車だと、ほぼ自分の意志で身動きすることはできない。ある一定の範囲では可能なのだが、例えば、停車時、あるいは、発車時にGがかかると、その満員に乗っている人達が前へ、あるいは後ろへ動くことになる。これは人間の塊、と言うよりも、それだけの重量が動くと言う事だから、一人の人が頑張ったところでいかようにも出来ない。

私が乗っていた隣に、年配の女性がいた。私も例にもれず、普通なら何とか立っていられる、という程度で途中から、進行方向前側に斜めになってしまった。こうなると踏ん張りも聞かないし、リカバリも効かせようがない。電車が加速すると進行方向後ろにGがかかるため元に戻れるのだが、再びブレーキがかかるともうダメだ。だから途中からは「それだけの重量」に押され、前の人と後ろの人に足を挟まれ捻じ曲げられ、しかしながらそんな状況では空気は異様に暑く、かなり厳しい状態であった。
その私の進行方向前側に年配の女性がいたのである。彼女もかなり斜めになってしまっており、ほぼ抵抗できない状態だが悲しいことにもっとも座席側に立っていたため、自分が他に体重を預けることもできず、手で踏ん張っている状態、あるいは状況によっては腰が海老ぞりになっているのかもしれない。

その更に向こう側にいた男性が彼女を気遣って「大丈夫ですか?」と聞くのだが、勿論「痛いです」とか答えている。答えたところでどうしようもないのだ。その男性も声をかけたものの、それから何かが出来るわけではない。健康そうな青年だったが、彼の体力を持ってしてもこの重量を押しのける事は出来ないのである。直接の加害者は誰か、と問われたらおそらく俺だろう。だが、俺だって被害者だ。

結局、それだけの集団が動こうとすると、「理屈では正しい事は別にあるが」それぞれがそれぞれのインセンティブの元、つまり、「自分さえよければ良い」と言う気持ちのままに動くことになる。それだって他者を押しのけてどうこう、と言う事ではなく、「自分は安全に、かつ、目的地につけるように」したいだけだ。たったそれだけのちっぽけなインセンティブに過ぎない。しかし、この状況で、この人数が、この狭い中でみんな同じことを考えるとそれが集団になった時に危険な状態になるのである。勿論、その中の一人が俺だ。

と言う事を朦朧とする意識の中で考えながら電車を降りた。勿論、降りる時も偉い大変だった。なぜなら降りたいやつと降りたくない奴が混在しているからだ。これだって、通常ドアの近くにいればみんなすんなり降りるだろう。しかし、これだけの人数がいると、ドアの近くにいない人たちもみんな降りる邪魔になるのである。

集団の力は怖い。と同時に、朝のラッシュも怖い。

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健全な精神は健全な肉体に宿る

小学生ぐらいにしきりに言われた言葉の一つが、「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言うものである。これは、正しい大人になるためにはいまのうちに体も鍛えておけよ、と言うことである、勿論、健全な肉体だからと言って、必ずしも健全な精神であるとは限らず、また、健全な精神の持ち主が必ずしも健全な肉体であるとは限らない。しかしながら、体が弱ってくると心も弱ってくるものだ。と言う事を考えると、健全な精神を維持するためには、肉体も健全に保っておくにこしたことはない。どちらかと言うと、よりコントローラブル、と言うことだろう。

今日は、いつもより腹が減っていた。今日ももちろんディナーはラーメンだったのだが、帰りの電車の中で胃酸が変にでまくっていたのか、異常に気持ち悪かった。それがいけなかったのか、妙にネガティブ。電車の中でもネガティブ。ラーメンを待つ間もネガティブ。生まれてきて、あぁ、ごめんなさい。
しかしである。ラーメンを食べ始めて胃の中に塩分が入り始めるとどうだろう。俺、かなりポジティブ。明日も頑張ろう、と言う気になったものである。

そんな程度でも感情の揺れがあるのだから、やはり健康でいる、と言うことは重要なのかもしれない。

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うぉ、ハードル高っ!

ファシリテーションの話をほっぽらかして、数か月、そろそろ復活せねばと思い、メモを見ると次のテーマは、「ホワイトボードで整理する」と言うことらしい。
このテーマは、私のファシリテーションメソッドの真骨頂かもしれない。だから、結構いろいろな内容を書くことはできるのだろうが、以前、書きかけのものがあったので読んでみた。

ちゃんとしたものは改めて整理するとして、その書きかけた部分が下記である。
「会議には二つの局面があろうかと思う。一つは、事前準備がじっくり出来るケース、一つはできないケース。(中略)じっくり出来ないケースとは、まず発散、あるいは、その場で状況報告があって、すぐに整理に入るケースだ。いわゆる、「瞬発力が求められる」ケースである。これについても、論点が事前に分かっているのであれば、軸や枠組みは検討しておきたい。そうではなく全く検討できない場合にどうするか?
ある意味、そこからはセンスであるが、私が考える整理方法を幾つか出し、それを元に検討してみよう。」

上記までで終わっている。
テーマがホワイトボードで整理することだから、この後、未来の俺がセンスある整理方法をいくつか出さなければならないらしい。
ハードル高いなぁ・・・。
文章、書き直したいなぁ・・・。

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クォーターパウンダーを食す

マクドナルドが新商品を出した。クォーターパウンダーは、1/4pound、つまり、約110gの肉が挟まったハンバーガーである。

味は、他のハンバーガーとあまり変わる気はしない。正直に言えば、ビッグマックの方が好きだ。が、肉がやはり大きいだけに、食べ甲斐はあるだろう。
狙いは良くは分からないが、想像するにロッテリア、あるいは、バーガーキングつぶしなんではないかと思う。どこまで競合対策と考えてやっているかは知らないが、「本格的な」ハンバーガーが望まれている、とマクドナルドのマーケターが感じているのかもしれない。
ロッテリアが以前絶品チーズバーガーを出した話はすでにふれたが、コンセプトはそれに近いのではないだろうか?ただ、プロモーションの仕方が、もう少し「煽る」感じなので、味、と言うよりもその「肉っぽさ」がウリなのかもしれない。

やはり一番気になったのは店員が全員来ているシャツだろう。黒地に赤い文字で様々な煽り言葉が書いてある。ちなみに、どれ一つとして覚えていないので、煽りの言葉そのものはものすごいキャッチーと言うわけでは無いのだが。(恐らく、マーケティング会議では全てのワードが「それいいよね!」的な決まり方をしたのだと思うが・・・。)
全般的に、人間の「肉食性を煽る」と言うようなアプローチを行っているように感じる。

ただ、私が行った店舗では試食をやっていたのだが、決して試食で動くような気はしないのだがなぁ。マクドナルドに来ている時点で、かなりジャンキーな気分になっているはずで、他のハンバーガーに比べてそれほどうまいわけでもないので、「へぇ、こんな味なんだ」と思わせて終わってしまう可能性の方が高いのではないかな。俺自身は興味本位でもともと買おうと思っていたが、知らずに来た場合には、試食で満足して別のメニューにしていたと思う。

まぁ、マクドナルドがやることだから、それなりに成果は上げるのだろう。問題は、彼らが内部的に掲げている目標に到達するかどうか、だな。

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