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笑っちゃいかん

先日、ある方と話しているときの話である。
初対面で、また会う確率は凄く低いのだが、名刺交換から入っている関係上、余り失礼なことはできない、と言う状況と考えて頂きたい。

会社に対して何らかの営業行為で訪問している方へ対しての対応なのだが、自分にメリットがある話であれば、提案もウェルカムだし、何がどうつながるかはわからないので、聞ける範囲で話を聞くこともある。
若い男性で、たぶん社会人経験数年くらいだと思う。その彼が自社の商品の説明をするわけである。
「御社の特徴はなんですか?」
「いやぁ、実はないんです。」(なんつー、正直な回答・・・。おれはどうすればいいんだ・・・。)
「あえて言えば?」
「品質ですね。」
「どの辺が?」
「ちゃんとやります。」

当たり前だろーが!!!

まぁ、差別化を表現するのが難しい商品だから致し方なしだが、もう少し言い方もあろうかと。
と思って彼を見ていると、最近のはやりなのかもしれないが、ネクタイが細いなぁ。ふーん、こういうのが流行っているのか。スーツもまた細身のスーツだな。全体的にこういう細見が流行っているのかな。
ん?あれ?もしかして、細いと言うより、バランス?

先日、雨トーク(雨上がり決死隊が視界の深夜番組)で、FUJIWARAの藤本がやっていたネタを思い出した。おれは基本的に天丼は好きである。天丼と言っても、もちろん繰り返しギャグのやつ。
「フジモン、お前、ちっさいなぁ」
「ちっさいんじゃない、顔がでかいからちっさく見えるんだ!」
「フジモン、***」
「顔がでかいからやー!」
「フジモン、***」
「顔がでかいからやー!」
ま、いわゆる典型的な天丼。

さて、会議室である。気づいてしまった、と言うより、そのネタを思い出してしまった。
個人的には人の容姿について云々言うのは好きでは無い。本人がコントロールしにくい部分だし、それが仕事のパフォーマンスに影響するわけでも(概して)無い。さらに言えば、俺自身も人に誇れるほど、人の欠点を指摘できるほど十分な容姿でもない。
が、気付いてしまい、気になってしまったのである。

もしかして、顔でかい???

なんで、貴社には特徴がないの? 顔でかいからやー!
最近、細見のスーツが流行っている? 顔でかいからやー!

なんて、にこやかな応対をしたんだろうか、俺。終始笑顔で対応してしまった。もちろん、笑いをこらえるのに必死だっただけなのだが、とても好印象だったに違いない。なぜって、顔でかいやー。
※失礼千万・・・。

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すき家でいいのか

私の記憶が確かなら、その昔キン肉マンは吉野家の牛丼を推していたはずだ。
wiki等でみると、そのような事実は必ずしも無いようであるが、キン肉マン世代の俺としては、それで吉野家を覚えた、と言う側面もあり、キン肉マン=吉野家だろう、と思う。

最近、そのキン肉マンがすき家のCMに出ている。ゼンショーである。もともと、なか卯がモデルらしいので、作者からすると意外性はないのかもしれないが、ファンや消費者サイドからすると違和感はある。

逆に言えば、ゼンショーはうまくやったな、と言う気もする。結局、情緒的価値よりも、経済合理性だろう、とそう言うことだ。

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そのドキュメントで人を動かせますか?

「そのドキュメントで人を動かせますか?」と問われると、多くの人は「いやぁ・・・」と答える。このうちの何割かは、「実は今まで結果を出してきたと思っているんだが、人に威張れるほどのスキルはないからあまり・・・と答えている」という気持ちだろう。一方、「勿論」と答える人は、多くの場合、プロ、あるいは、報告書を山ほど書いている方に違いない。

ドキュメントは、プレゼンテーションの場にとっても重要な要素である。プレゼンは、プレゼンシナリオの企画、ドキュメンテーション、デリバリーの三つで構成されており、前に行くほど重要なのは言うまでもないが、気にしておかなければならないのは、「ドキュメントは一人歩きする」と言う点である。
資料を見ただけで人を動かすにはどうするべきか?そんなことに回答するかもしれない下記をクリック。
※とまたもや宣伝調で。
http://www.cyber-synapse.com/mkay/081204/
***
ドキュメンテーションの極意!納得・説得のできる文書とは?!
“家弓正彦の仕事塾3”「ドキュメンテーション」

家弓正彦の仕事塾もおかげさまで、ご好評いただいて第3回を開催致します。
第3回目はこちらも意外と多くのビジネスパーソンが苦手意識を持っているドキュメンテーションについて、コンサルタント歴20年の家弓が今までの経験を凝縮して皆さまに伝授します。

「明日からの文書作成が変わる。」そんな講座になること必至です。

明日からの仕事を変えたいあなたに絶対おすすめ!
コンサルタントの仕事塾をぜひ盗みとってください。

ちなみに前回はプレゼンテーションを題材にしました。
ご参加いただいた方からこんな感想をいただいてます。
・具体的なエピソードが多く、わかりやすかったです。
・きわめて安い。知人にすすめます。
・家弓先生の講義は初めてでしたが、非常に面白かったです。

http://www.cyber-synapse.com/mkay/081204/

日時
12月4日(木) 19時~20時30分 全1回

料金
2,000円(税込み)

会場
フェニックスプラザ(東京都中央区銀座3-9-11 TEL:03-3543-8118)

講師

家弓 正彦 氏 かゆみ まさひこ
(株式会社シナプス 代表取締役)

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ストリートビュー

最近、Googleのストリートビューが気になる。
ある意味で非常に便利なのだが、ある意味では非常に怖くもある。
例えば、ここにある住所リストを見ると、「この人の家はどんなだろう?」と思って検索すると写真が出てくるのである。ストーカーにはもってこいのツールかもしれない。

と思って、拙宅を検索してみた。おっと、ちゃんと出てくる。いつの間に取ったんだろう・・・。
俺のバイクまでしっかり見える。ちなみに、バイクはカバーがかかっているので俺には分かるが他の人には分からないかもしれない。

こんな写真を撮るのであれば、カバー外しておいたのに。そうしたら、カッコイイ俺のバイクが見られる。

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市場がない

ビジネスをやる大前提となるのが市場規模である。
市場が存在しないビジネスは、どれほど素晴らしい商品だろうが、どれほど効率化しようが、所詮儲からない。

日本という国は、全般的に成熟市場であり、特に地方においては飲食や小売等、の小商圏立地型ビジネスが非常に成り立ちにくくなっているのも事実だろう。
戦略上のミス、と言ってしまえばその通りなのだが、「家業を継ぐ」と言うようなことを考えると、戦略に選択肢がなく、その小商圏成熟、もしくは衰退市場の中で生きていくしかない人たちも多いはずだ。

もし、本当に儲からないのであれば、誰かがダメと言わなければダメなんだろう、と思う。いろいろなしがらみがある場合は特に、なかなか「ダメ」とは言いにくいのだが、ダメなものはダメなのだ。

と言う事を漠然とテレビを見ながら思った。ビジネスって難しい。

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収穫を祝うこと

11月第三木曜日と言えば、言わずと知れたBeaujolais Nouveauの解禁日である。私自身も、その昔(多分高校生ぐらい)は、ボジョレー・ヌーヴォーと言えば、「すごく高価なワイン」のイメージを持っていたが、今にして思えば、ボジョレーと言うだけで、それほど高い感じがしなくなっている。(別に、ブルゴーニュやボルドーが格段に偉いとも思っていないが。)

11月第三木曜日と決められているのは、「ヌーヴォー」と言うブランドに引きずられて熟成していない状態で飲まれることを防ぐため、らしい。つまり、品質管理のためのルールだ。日本人の感覚からすれば、ボジョレー・ヌーヴォーは何かワインの偉いモノというイメージもあるのかもしれないが、フランス人辺りは「今年の収穫に感謝の意を表しながらワインを飲む」と言うことに喜びを感じるのかもしれない。
※フランス人に知り合いがいるわけでは無いので、想像。日本人イメージも勝手な妄想。

と言うわけで、久々に先日、解禁日にヌーヴォーを飲む機会があった。何の因果か食事は中華だったので、俺としては「生下さい」となるわけだが、久々に飲んでみると、やはりボジョレーだった。なんだか毎年、「今年のヌーヴォーは良い」と言うような話を聞くが、毎年飲んでみると同じ味。もちろん、俺の舌では微妙な味の差は分からないのであるが。

新しい収穫に対する感謝よりも、尊敬する人たちとのこの時間に感謝したい。この時間に乾杯。

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隣ではmixiを見てる

またまた電車の中での話だが、ふと隣の人を見ると携帯でmixiを見ていた。

確か、日経ネットマーケティングだったような気がするが、モバイル(携帯)ではmixiよりもGREEの方が使われているらしい。もちろん、ユーザの中の比率だから、ユーザ数で考えると或いはmixiの方が多いのかもしれない。ここのところ、かなりモバイルの存在感が高く、定量リサーチをやっている会社も、PCによるインターネットリサーチよりも、モバイルを活用したリサーチが増えているように感じる。今のITリテラシーを考えると、PCよりもモバイルの方が使い勝手が良いのだろう。

世界的には、MySpaceやFacebookなどが有名なのだろうが、日本ではどうやら、mixi、GREE、モバゲータウンである。実は、モバゲータウンは、持っている機種が対応していないため、見たことはないのだが、いずれにしても、モバイル前提のSNSであるから、SNSもモバイルへシフトしているのだろう。

i-phoneのような機種がどういう役割を今後もつのかにもよるが、モバイルへのシフトはトレンドを超えて、時代の要請であり、もっといえば、もはや「事実」になってしまった、ということなのかもしれない。

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そうか気合いが足りないのか

最近、ヒマなはずなのに、仕事が山積み、と考えているそこのあなた。
何故、そんなに仕事が山積みになっているか、教えてあげましょうか。それは、仕事のスピードが落ちているからですよ。

「忙しい」状態においては、人はパフォーマンスが上がっている。たぶん、エンジンの回転数が高い状態でいろいろなことをやるから、全般的にさばけるのではないかと思う。それが、一度回転数を落としてしまうと、意識としては高い回転数の作業ができるつもりになっているが、実際は仕事が遅い。だから、「余裕」と思って仕事を引き受けてしまうと、気付いた時には何も終わらず山積みである。

それは結局「気合」というなんだか説明のつきにくいもので構成されているのではないか、と言う気もしないでは無い。よく、企業のパフォーマンスは従業員のやる気が大きく影響する、と言うが似たような話だ。
だから、仕事を早く終わらせるためには逆説的ではあるが、仕事を山ほどもらいそれ以上のスピードで終わらせる、ことが肝心なのかもしれない。

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寝るのも一苦労

空いている電車だと、隣の座席に荷物を置いて寝ている人がたまにいる。さすがに疲れているんだろう。気持ちは分かる。そろりそろりと混んで来ると、他の席だけが空いて寝ている人の隣だけが唯一空き席、ただし彼のカバンが置いてある、という状況になる。
そこへ一人の男性がやってきた。彼も疲れているんだろう、カバンを無理やり寝ている人の元に戻して無理やり座った。うーん、勇気があるなぁ、と思ってしばらく眺めていた。
寝ている男性は、もともと足を組んで寝ていたようだが、今度は無理やり座った男性が無理やり座ったものだから、今度はその足が男性に当たる模様だった。すると、その男性、足を蹴っ飛ばして無理やり組んでいる足を解かせてしまった。どんだけ眠いんだよ・・・。
蹴られた男性は若干抗議をしていたようだが、いつのまにか降りたようだ。

勿論、寝ている男性は悪い。が、「普通の」日本人であれば、そういうどかせかたはしないだろうな。言ってみれば、「駐車禁止の車があるからと言って、破壊したら器物破損」というようなことだ。この際、どちらも悪いのだろうが、個人的には後から来た男性は余り近付きたくはないな。

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電車の外からオッサンの声が聞こえる

田園都市線は、鷺沼で急行の待ち合わせをする。私は多くの場合空いている各駅を使うので、いつも急行待ちの行列を各駅の中で座って眺めている。
座っていると、外から中年以上だろう、やや酔っ払っている雰囲気のある男性の声が聞こえてきた。ドアが開いているとはいえ、社内に聞こえてくるくらいだから大声に違いなく、それを持って「酔っ払っている」と解釈している。外を見ると、人だかり。ちょうど、エスカレーターの前なので混んでいる、と言う事もあるし、急行待ちの行列ができている、と言う事でもある。

ふと考えてみた。もしかして、そのオッサンはエスカレーターの前に立って騒いでいるのではないだろうか、と。
「ガハハハ、この道は通行止めだぞ。通りたきゃ俺に挨拶して行け~」
ぐらいな事を言っているんではないだろうかと。
そう考えると、この目の前の混み具合も納得が行く。皆、帰りたくてエスカレーターに殺到しているのに、一人のオッサンがその全員をひとりで止めているのだと。
後ろの方では、「この行列はなに?」「事故でもあったの?」とか当惑している人や、「いつも通り混んでいるなぁ」と緩い考えを持っている人もいるだろう。でも、先頭には一人のオッサン。しかも、頭にピンクのネクタイを巻いて、はげ散らかした、紺色のスーツを着た、オッサン。しかも、いつもよりもビールを飲みすぎてご機嫌なオッサン。
「ガハハハ、おー、ねーちゃん、お前も通りたいのか?えぇ、通りたいのか?ガハハハ」とみっともなく笑うオッサン。

と妄想してみたが、案の定、急行が止まり、そして走り去ったあとにはそんな声はしなくなり、行列もなくなった。そして、俺の妄想も終わった。

ま、だからなんだと言われても困るが。

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情報の非対称性

最近、「情報の非対称性」と言うことについて考えることが多い。
と言っても、別に、情報の非対称性の定義や、非対称の場合のなんちゃらかなんちゃら、と言うことではなく、人と話していて「あぁ、ここに情報の非対称性があるな」と感じることが多い、と言う話である。

情報の非対称性、とは、市場における取引において、それぞれのプレイヤーの間で持っている情報に格差がある状態のことである。もっと分かりやすい具体例で言えば、売る側は製品の良い点、悪い点、場合によっては「キズモノ」等も知っているが、買う側は箱の中身がどういう状態かわからないままに買おうとしている、と言うような状態である。

プロフェッショナルサービスは、往々にして情報が非対称である。つまり、売り手側の専門家の方が良く分かっているので、買い手は場合によって「売る人が信用できるかどうか」にかかっている。

非対称である時の情報が少ない立場である場合どうするか?結局、ネゴシエーションしかないのだが、知らないことをいいことに「分からないからもっと優遇しろ」と言うのは一つの選択肢だと思う。また、「分からないから教えろ」と言うように、営業コストであることをいいことに情報提供させ、勉強する、と言うのも一つの手だ。

出来れば、情報で優位に立っている時にはフェアに行きたいものだ。

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外す

最近、ありがたいことに、「君に話をすると整理されていい」と言って頂くことが何度かあった。
仕事もプライベートも特に話し方を変えているわけでは無いので、多分、普段の話し方だったり、論点のまとめ方を評価されているのかもしれない。それを私の付加価値と感じて頂けるのであれば、それはそれで嬉しい限りである。

ただ、残念なことに、一般論から言えば、「人に話す」と言う行為、そのものが話を整理する最大の効用となるケースが多く、別に俺でなくとも「誰かに話した」ということが整理に繋がっている、と言う気もしなくはない。

物事を整理する、と言うのは簡単でもあり、難しくもある。実は、本人だけが整理がついていない状態、と言うのは簡単である。話させれば良い。個人差はあるが、ある一定レベルの人(社会人として一般会話、常識的な思考ができるレベル、と言う意味、いわゆる高卒程度の知的レベルがあれば、と言うこと)であれば、本人の中で答えが導き出せるケースがほとんどである。だから、人に話をすることで、ある意味勝手に納得し、勝手に整理されるのである。アウトプットをする、と言う行為はたとえば言葉にしたり、概念化したりしなければならないので、その過程で考えが整理されるのである。

一方、話すだけでは解決しないこともある。複数の論点や価値観、判断軸などが混ざっているときである。この場合は、図示したり、論点を明示したりすることで整理される。この点に関しては、仕事柄なのか、今までの経験からなのか、「整理する」と言う行為をすることもある。

しかしながら、最近感じているのは、「整理しようと思ったがうまく整理できない」ケースがあると言うことだ。言葉で説明するのは簡単だが、パワーポイントに落とすとなんだか良く分からなくなる、と言うような話。空気感、だったり、いろいろな切り口で説明することによって初めて分かるような、そんな性質のものだ。
私は人の話を聞くときに、ホワイトボードや、手元にある紙に、私なりに解釈し概念化した図なり文字なりを書いて相手に確認を取ることが多い。通常のケースであれば、大外しすることもないのだが、今まさに書いた上記のような内容に関して言えば、書けども書けども外れるのである。

「これって、***だよね。」
「そうですよねー。」

とお互い納得する。確認のために、手元のメモに書いて相手に見せる。

「それってこういうことですか?」
「うーん、違うんだよね。」

といった具合だ。
言外の者も言語化する。概念化する。チャート化する。そんなスキルがまだまだ足りない。修行が必要だなぁ。

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コンテンツの値段

日経を眺めていたら、手塚治虫の漫画を無料でインターネット配信する、と言う記事が載っていた。
マンガの場合だと、マンガそのものの著作権料(出版権、配信権等)、アニメ化権、映画化権、キャラクターグッズに関わる著作権料、等多くの収益源が存在する。その中でもかなり大きな割合を占めるであろう部分を無料にする、と言うのである。もちろん、手塚作品ともなれば、すでに漫画そのものはかなり読まれており、キャラクタービジネスだけでも相当な収益源になる、のは間違いない。

一方で、今、少年ジャンプやマガジン等に載っている漫画であればどうだろうか?まだキャラクターが世間に認知されているわけではなく、これからというところだから、むしろ漫画そのものが収益源にならざるを得ない。

手塚治虫の日本アニメ界への貢献度は高い。アニメ創世記において活躍したのであるから、その功績は称えてしかるべきである。しかるべきであるが、一方で市場価格を形成したのも手塚治虫であり、(良くはしならないが)今のアニメ界の収入が低いのも手塚治虫が作った市場価格が原因である、という説もある。
それを今、アニメーターの地位向上を目指しているのが宮崎駿という話も聞く。現在もポニョが大好調であるが、損益分岐点が高く、利益を出すにはかなりの興行成績を収めないといけないとかなんとか。

それはそれとして。
手塚作品の収益、という点から考えれば、キャラクターを広く展開してそれをMD(商品化)によって収益につなげる。戦略としては間違っていないと思う。もちろん、作品次第で、鉄腕アトムやリボンの騎士であればその方策が良いかもしれないが、もう少しマニアックな作品では配信料ビジネスの方が良いかもしれない。

結局、戦略の問題ではあるのだが、価格破壊は時によって業界全体を疲弊させる。もちろん、消費者にとってみれば、嬉しいことであり、競争原理が働けば働くほど良いことではある。

この策が吉と出るか凶と出るか、ぜひ見守りたいものである。

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ココロと心

最近、いろいろな感情の動きを眺めていると、いろいろなことが分かるなぁ、と思い始めている。いろいろな、と言うのはいろいろな人の、と言うことではなく自分の中でのいろいろな感情の動きである。

感情は、ある一定レベルまではコントロールできるのではないか、と言うのはすでに述べた。それだけでなく、どういう事象がおこると、心がどういうように移り変わっていくか、と言うところが最近分析できるようになってきたのではないか、という話である。

例えば、自分はなぜイラついているのか、分析してみると、あぁ、なるほどそう言うことかと。自分はなぜ悲しいのか、と考えてみると、なるほどこれが原因かと。おそらく、この延長線上で行けば、なぜ自分がこの人を好きになるのか、あるいは、嫌いになるのか、と言うことも分かるのではないか、と言う気がする。
これと、感情をコントロールする、と言うことが合わされば、自分の感情はかなりのレベルまでコントロールできるのではないか、と勘違いしたりもする。

勘違い?
いや、事実勘違いだろう。感情の動きが分かったとしても、それをコントロールすることはなかなか難しい。経営理論を理解し、成功例を分析できたとしても、自分が成功できるとは限らない、そう言うことだ。
いや、そう言うことでは無いな。コロンブスの卵か。

ココロを分析している時点で、すでに心について理解していないのではないか、そんな気もしてくる秋の夜である。

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ファン心理

グイン・サーガと言う小説を読んでいる。中学のころからだから、かれこれ20年になる。すでに、小説自体も123巻を読み終わったところで、まだまだ続きが気になるところではある。

ここまで来ると、それぞれのキャラクターに対する思い入れもあるし、続きも気になる。気になる、と言うよりも、ここまで来ると「ちゃんと終わらせてほしい」と言う思いが非常に強い。多くの読者が同じように考えているのだろうとは思うのだが、肝心の作者がどうやら抗がん剤治療に入っているとのことである。あとがきに書かれているぐらいだから、すぐにどうの、と言うことはないのだとは思うが、病が病だけに行く末は気になる。

仮に、である。作者が途中で亡くなってしまった場合、続きが気になるのはファン心理として当然で、中には「続きを書く者」も出てこないとも限らない。ペリー・ローダンシリーズのような状態だ。勿論、ハヤカワが刊行した場合、購読するとは思うのだが、恐らく原作者以外の誰が書いても納得感のあるストーリーは書けないに違いない。場合によっては、原作者よりも面白く書くのかもしれないが、心理として、「いやいや、そうじゃないだろう」みたいなことを思ってしまうのだろう。

以前、オリンピックの時だったか、長嶋茂雄が脳梗塞か何かで倒れたときに、一茂氏が「家族としては(監督をすることは)認められない」と言うようなコメントをしていた。もちろん、その通りだと思う。グイン・サーガにしても、栗本氏の家族は「そんな本を書くよりも静かにして長生きしてほしい」と思っているのかもしれない。
しかし、ファン心理としては思うのだ。ここまで広げた風呂敷なら、畳むのはあなたしかいないだろう、と。可能であれば、がんであることを忘れるくらい長生きして、200巻くらい書いて終わらせてほしいが、そうでなくとも、ある一定の結論だけは出して欲しいものである。

ファンと言うのは甚だ身勝手なものだ。
※すべてのファンがそうである、とは言っていません。

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